「デジタルの言葉が聞こえない」と言われた電源開発が、DX開始4年でフィジカルAIに挑むまで

社外取締役に「デジタルの言葉が聞こえてこない」と言われた電源開発が、ドローンやロボットを自ら学習させて現場を動かすフィジカルAIに踏み込む。失敗が許されにくい規制産業で、なぜ「まず試す」文化を根付かせられたのか。同社のDXを率いる小泉真吾氏に聞いた。

» 2026年09月29日 08時00分 公開

この記事は会員限定です。会員登録すると全てご覧いただけます。

 エネルギー業界における、新規のIT施策への“壁”は高い。電気は貯めることができない。そのため電力会社は需要量と供給量を常に一致させ続けなければならない。「同時同量」と呼ばれる原則で、これが崩れれば周波数(東日本:50Hz、西日本:60Hz)が乱れ、最悪の場合、地域の停電を招く。

 設備に不具合が起これば、安定供給を揺るがしかねない。失敗を前提にした試行錯誤は、簡単には受け入れられない土壌がある。新しい取り組みを始めるとき、予算や人材以外の"壁"となるのが、こうした事業特性から生まれる企業風土だ。

 そんな環境下で、「私自身が率先して失敗しているのだから、若手には挑戦してほしい」と語るのは、J-POWER 電源開発(以下、電源開発)の小泉真吾氏(執行役員 DX ICT サイバーセキュリティ)だ。同社は今、フィジカルAI――カメラやセンサーを搭載したロボットなどが現場の状況を把握し、自律的に判断して動作する技術――に踏み込もうとしている。

 これまで「守り」を重んじてきた組織が、どのようにして最先端のITに挑戦するようになったのか。重要インフラ事業者として「守り」と「攻め」をどう両立しているのか、話を聞いた。

「守りは固いが、攻めが足りない」風土から、どう転換した?

電源開発の小泉真吾氏(編集部撮影) 電源開発の小泉真吾氏(編集部撮影)

 電力会社の特性について、小泉氏は次のように説明する。

 「電力会社は基本的に“枯れた技術”を導入します。絶対に止まらないと確約でき、ある程度実績があって、トラブルが出切った技術です」

 慎重さを重視する姿勢で、既存システムを止めないためのセキュリティ対策やガバナンスをはじめとする「守り」の領域に手厚く投資する一方で、新しい技術を試す「攻め」の取り組みは後回しになっていた。それを指摘したのが社外取締役だった。「毎週の常務会でデジタル関連の言葉が聞こえてこない。デジタルの取り組みで立ち遅れているのではないか」といった辛口のコメントがあったという。

 経営側にもデジタルに積極的に取り組むべきだという認識はあり、2019年にデジタルイノベーション部(DI部)が発足した。サイバーセキュリティ、従来型のIT運用、DX(デジタルトランスフォーメーション)の3領域を1つの部で担う体制だ。

 デジタルイノベーション部が最初に手を付けたのが経営ダッシュボードだった。当時のシステムは縦割りで、発電所ごとの状況は見えても1つの画面では把握できない。経営のデータ感度を高めることで、各部門が施策をデータで説明するように後押しする狙いもあった。

 2022年度には第Ⅰ期DX推進中期計画を策定した。以降は2年ごとに更新し、現在は第Ⅲ期(2026〜2027年度)にある。

図1 J-POWER BLUE MISSIONとDX推進中期計画の関係(出典:電源開発の提供資料) 図1 J-POWER BLUE MISSIONとDX推進中期計画の関係(出典:電源開発の提供資料)

 しかし、経営計画を掲げても企業風土が一気に変わるわけではない。デジタルイノベーション部は当初、eラーニングを中心にした座学を実施し、従業員のITに対するマインドセットやスキルをスコア化した。しかし、この施策に対して、本来推進側であるはずのデジタルイノベーション部からさえ「なぜ自分がこんなことをしなければならないのか」「意味がないのではないか」という不満の声が相次いだ、と小泉氏は振り返る。

現場の困りごとは、出向かなければ出てこない

 企業風土を変えるには、現場が何に困っているかを知る必要がある、と小泉氏は考えた。電源開発は水力や火力、風力、地熱、太陽光の発電設備と送変電設備を国内外に抱えており、国内では大間原子力発電所(青森県)を建設中だ。

 設備数や拠点数が増え、設備の老朽化が進む一方で、ベテラン従業員の退職や中堅層の薄さ、就労人口の減少という課題を抱えている。加えて、電力システム改革で2016年に小売りが全面自由化されると、スポット市場や時間前市場など電気を取引する卸電力市場が増えた。市場の動きを予測して計画を立てることが収支計画に響くようになり、状況の可視化と予見の必要性がより高まっていた、と小泉氏は説明する。

 こうした課題や経営環境の変化を前に、デジタル技術を積極的に活用しなければならないといった危機感は、経営層から一般従業員まで共有されていた。ただし、現場担当者ほど日常業務に忙殺されている。人が少ないからこそやらなければならないが、人が少ないから新しいことに取り組めない状況が続いていた。

 そこでデジタルイノベーション部は現場へ出向いた。デジタルイノベーション部のメンバー自らが発案した取り組みで、DX意見交換の場でメンバーが「DXよろず相談会」を開き、悩みやニーズを直接聞いている。社内のポータルサイトに質問窓口を設け、グループ会社から希望があれば丸一日出向いて相談会を開くこともあるという。

 持ち込まれる課題は具体的だ。例えば、送電線の劣化判断では、従来のヘリコプター撮影は費用がかさみ、実施できるタイミングが限られていた。ヘリコプターは小回りが利かず、一度通り過ぎれば引き返すことが難しい。それに対し、ドローンは撮りたい箇所を狙って撮影でき、撮り直しも可能だ。3カ月後にもう一度飛ばすこともできる。

 地熱発電所では、熱水を運ぶ3キロほどの配管が冬季には5メートルの雪に埋もれる。山中のサージタンクは足場を組むだけで3カ月かかり、ロープで下りれば危険が伴う。人手不足と設備の老朽化が進む中、安全に点検するには、ドローンやロボットに任せるしかない。

座学を廃止、実践型への切り替え

 現場の課題を拾う一方、小泉氏は風土づくりの仕掛けを用意した。柱は次の3つだ。

  1. 各組織にDX推進目標の設定: 経営企画部と連携し、各組織のトップである機関長自らが「自分はこれをやる」とコミットする形にした。旗を振る主体を現場の長に置いた
  2. DX交流会の開催: 各部門の取り組みをプレゼンや展示で共有し、優れた取り組みを表彰する。専門部署に閉じない場とした
  3. 座学の廃止: 2025年度から、数値解析ソフトウェアを手掛けるMathWorksの支援を受け、従業員が自分の業務課題をテーマに手を動かす実践型に切り替えた。技術部門だけでなく事務部門や現場からも20人以上が手を挙げて参加した
図2 従業員自身が開発に取り組む実践型研修プログラムの構成(出典:電源開発の提供資料) 図2 従業員自身が開発に取り組む実践型研修プログラムの構成(出典:電源開発の提供資料)

 3つ目の実践型研修のテーマは、各自の業務の課題から自由に設定できるようにした。事務系の従業員は資材調達価格の分析を、技術系の従業員は人事異動の最適化を選んだ。人事異動の最適化は、子育て中なのか単身なのか、前回はどの現場にいたかといったパラメーターを踏まえ、異動案をAIに作らせる試みだ。

 もう一つの仕掛けもある。2つ目のDX交流会での表彰は、対象を本人だけでなく上長にも広げた。「担当者を研修によく出してくれた」と2人をともに称えることで、部下の挑戦を応援すること自体が組織にとって価値になるというメッセージを伝える狙いだ。

 同時に無秩序な挑戦にならないよう運用ルールも定めた。「守るべき領域と、従業員が自律的に挑戦できる領域を分けながら、環境を整えてきました」と小泉氏は言う。例えば、研修への参加に当たっては所属長の承認が必要で、組織的な成果につながるテーマ設定を重視している。

 DXやAI活用を推進する上で、生まれがちなのが「仕事がAIに奪われるのではないか」といった不安だ。エネルギーという重要インフラを担う以上、安全最優先は動かせない。そのため、IoTやAIで産業保安の安全性と効率性を高める「スマート保安」の観点が欠かせない。

 「AIやロボットは人を置き換えるものではなく、危険な作業を減らし、判断を支援し、設備をより安全に長く使い続けるための手段です。この考え方を共有できたことが、規制産業であっても『まず試す』文化を少しずつ実現できた理由だと思います」(小泉氏)

 第Ⅲ期計画でビジョンを「DX 3S+D」(注1)から「DX 3S×AI」に変更した際も、AIは従業員の「相棒」であり最終判断は人が担う、という原則を置いた。

(注1)DX 3S+D:電源開発が第Ⅰ期・第Ⅱ期DX推進中期計画で掲げたビジョン。「Safety」(安全・安心)、「Smartness」(効率性・即応性)、「Strength」(稼ぐ力)の「3S」に、D(データドリブン)を加えたもの。第Ⅲ期では「D」を「AI」に置き換え、「DX 3S×AI」としている。

電源開発の猪熊洋輔氏(編集部撮影) 電源開発の猪熊洋輔氏(編集部撮影)

  取り組みを重ねるうち、風向きは変わった。ICT基盤やシステムを整えるのが主だったデジタルイノベーション部の仕事は、DXによって同部だけで完結するものではなくなり、従業員一人ひとりが担う全社運動へと広がった。当時、別の部署に所属していた同社の猪熊洋輔氏(デジタルイノベーション部 企画室〈ネットワーク計画〉総括マネージャー)は、社内の変化についてこう振り返る。

 「文化や風土、従業員のマインドが醸成されてきていると感じました。当初の『なぜ自分たちがDXをやらなければいけないのか』という声は、もうほとんど聞かれません」

10年後、そのロボットは誰が管理するのか?

 企業風土が変われば、現場から上がる要望も具体的になる。だが、各部門がそれぞれにドローンやロボットを導入すれば、別の問題が起きる。

 「バラバラに入れた場合、入れた時はいいですが、10年後に誰がメンテナンスをするのか、どういうふうに統一的に管理するのかが問題になります。データも統一的に蓄積しなければ、『よりょく』につながりません」(小泉氏)

 「よりょく」は、「3S」と並ぶ第Ⅲ期計画の共通言語で余力(ゆとりの力)、与力(新たな力)、予力(見通す力)の3つを指す。中でも予力は、保全の考え方を転換するのに欠かせない。電力設備の保全は従来、稼働時間や経過年数など一定の周期で部品交換や点検を行う時間基準保全(TBM:Time Based Maintenance)が基本だった。これを、センサーや点検データで把握した設備の状態に応じて保全の時期を決める状態基準保全(CBM:Condition Based Maintenance)に移す。同じ場所の同じ設備でも摩耗や劣化の進み方は違う。どれが先に壊れるかは、データの蓄積があって初めて予測できる。

 そこで同社は、異種・複数のロボットを共通管理する電力設備点検ロボット管理プラットフォームの開発に取り組んでいる。設備特性に応じて導入する機材が変わるため、運用や保守、点検データの蓄積は一元的に扱えるようにする必要がある。開発にはデジタルツインを手掛けるCalTaが加わる。ロボットを長期に運用するには、「プラットフォームとガバナンスを同時に用意しなければ追いつかない」というのが、小泉氏の見立てだ。

図3 電力設備点検ロボット管理プラットフォームの構想(出典:電源開発の提供資料) 図3 電力設備点検ロボット管理プラットフォームの構想(出典:電源開発の提供資料)

 一方、デジタルイノベーション部は失敗をある程度許容することが求められるDXと、確実性が重視される従来型IT運用という性質の異なる領域を同じ部で担っている。これらの領域は、品質に関する観点だけでなくミッションも異なる。

 「PCの不具合に対応する人と、失敗してもチャレンジする人では、品質に対する考え方も異なります。ただ、デジタルで試した仕組みも最終的には通常のシステムに変わっていきます。フリクションはありながらも、一緒にやっていくべきです。同じガバナンスを効かせながら、アクセルとブレーキの踏み方をうまく調整することが重要だと考えています」(小泉氏)

 第Ⅲ期計画全体では、DXによる1年当たり時間効果80万時間、金額効果30億円(いずれも2021年度比)を成果指標の目安に置き、個別の投資には説明責任が伴う。「もともと新しい技術への挑戦に理解のある会社ですが、最終的には費用対効果を求められます。その決断の時は来ます」と小泉氏は言う。

 IT施策ではうまくいった他社事例を参照することがよくあるが、他社の施策をそのまま持ち込むことには懐疑的だ。「会社や歴史に合ったものでなければうまくいかないと考えています」(小泉氏)。デジタルイノベーション部が大切にするのは、自ら技術を磨くこと、課題を拾い上げるために直接現場におもむく(“足で稼ぐ”)こと、社外との縁の3点だ。

なぜ「立ち遅れた」会社がAIに挑むのか

 ここで、冒頭の問いに戻る。デジタルへの取り組みで立ち遅れていると言われた会社が、なぜフィジカルAIにまで踏み込むのか。

 小泉氏が挙げるのは、小泉氏が挙げるのは、新しい取り組みを応援する風土だ。電源開発は1952年に国策会社として設立されて以来、他電力とどう差別化していくかというマインドセットを歴史的に持ち、2004年の完全民営化を経た今もその風土が根付いているという。電力事業でも、中国電力との共同出資会社である大崎クールジェンを通じ、CO2(二酸化炭素)の分離・回収を伴う石炭ガス化複合発電の実証に取り組むなど、先端技術の実装に挑んできた。

 「何かに挑戦しようとするときに『やめろ』と言われることは、当社ではほとんどありません。だからこそ、組織を率いている人がチャレンジしないとダメだと思います」(小泉氏)

 他社との差別化の考えは、AIやロボットの扱い方にも表れている。

 「ロボットやドローンは買って終わりではなく、学習させなければなりません。技術理解がないと、ロボットに“頭脳”は実装できないというのが私の主義です」(小泉氏)

 学習を続けるには基盤が必要だ。「重要データを扱う以上、パブリッククラウドは使えない」という判断の下、自社で制御できるデータセンターに行き着いた。日立製作所と協業して進めるAIデータセンターの建設も、地方分散型データセンターを光でつなぐ広域APN・ワークロードシフト イノベーション推進協議会(以下、J-AWSIC)も、その延長線上にある(注2)。AIデータセンターは再生可能エネルギー電源に隣接させ、天候によって発電量が変動する再生可能エネルギーを使い切ることを目指す。

図4 AI用データセンターと広域ネットワークを組み合わせた構想(出典:電源開発の提供資料) 図4 AI用データセンターと広域ネットワークを組み合わせた構想(出典:電源開発の提供資料)

 基盤に学習させる対象である現場側の実装も、並行して進む。送電線点検ドローンの自律撮影、異常画像検知AI「みえスギくん」、不安全検知AI、4足歩行ロボット、火力の運転支援AIだ。

 ドローンは撮影開始位置までの自動移動、架空地線への追従飛行、連続撮影、自動着陸までを一連で実行する自律型システムとして開発が進む。不安全検知AIは、高所や開口部への接近、脚立や梯子の不安全な利用といった「ヒヤリハット」動作を映像から検知する。労働災害のゼロ化を支援する狙いだ。火力部門の運転支援AIは、現場に蓄積された運転ノウハウや事故時対応の知見を特化型LLMに取り込み、操作判断や異常時対応を支援する。

(注2)J-AWSIC:広域APN・ワークロードシフト イノベーション推進協議会。2026年4月に電源開発、日立製作所、シスコシステムズ、ビットメディア、JR東日本、JR西日本光ネットワーク、名古屋鉄道の7社が基本合意書を締結した。電源開発はワークロードシフトと広域APNの技術実証の総括を担う。地方分散型データセンターを長距離光ファイバーとオール光ネットワーク(APN)で結び、AI学習に伴う演算需要(ワークロード)を地域間でシフトさせるモデルを共同検討している

「私自身が率先して失敗しているのだから、若手には挑戦してほしい」

 もっとも、全ての取り組みで成果が出ているわけではない。風力発電の故障予測システムは期待した水準に届かず、小泉氏が顛末書を書いたという。「私自身が率先して失敗しているのだから、若手には挑戦してほしい」というのが、小泉氏の考えだ。分散型データセンターを結ぶネットワーク技術も「かなりチャレンジング」と見る。

 実証基盤ができれば若手がチャレンジする環境が整う。 実証基盤ができれば若手がチャレンジする環境が整う。「自分でトライしてみよう」という風土を作る基盤としても、AIデータセンターに取り組んでいる、と小泉氏は位置付ける。

 同社が見据えるのは、AIを動かし続けるための土台作りだ。小泉氏は、NVIDIAのジェンスン・フアン(Jensen Huang)CEOが語った「5層のケーキ」――AIはエネルギー、チップとコンピューティングインフラ、クラウドデータセンター、AIモデル、アプリケーション層の5つが揃って初めて動く――を引用して、こう語る。

 「最下層のエネルギーがなければAIは動きません。エネルギー資源のない日本は、再生可能エネルギーでAIを動かすのがいい。われわれはそこを目指しています」(小泉氏)

編集部の視点

 今回は、電源開発の変革と挑戦を見てきた。「失われた30年」の要因として、「リスクを取りたがらない日本企業の体質」が挙げられることがある。「リスクを取る」と言うこと自体は簡単だ。しかし、本当の意味で組織としてリスクを許容するためには、失敗は起こるものという想定の下、実際に発生したときにその影響を最小限にとどめるための環境整備が求められる。

 電源開発は守るべき領域と挑戦してよい領域をあらかじめ線引きし、挑戦する側にも守る側と同じガバナンスを効かせることでこうした環境を整備した。

 事業とITが不可分の関係になった今、リスクを許容するための環境整備もIT部門の役割として求められるようになっている、と感じた取材だった。

Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.

アイティメディアからのお知らせ

注目のテーマ

あなたにおすすめの記事PR