関西電力は「AIファースト企業」を目指し、DXに取り組んでいる。同社がAIファースト企業を目指す背景と、ミッションクリティカル分野も適用範囲に含める554件のAIユースケース、AI人材化計画の全貌に迫る。
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生成AIを導入したものの、「AIをどの業務に使うか」「ミッションクリティカル領域になかなかAIを適用できない」と悩む企業は多い。こうした中で、AIを前提に業務を再構築する「AIファースト」の姿勢でAI活用を進める関西電力は、発電事業といったミッションクリティカル領域も含めた業務で554件のユースケースを生み出したという。
「一般的に大手電力会社は、JTC(日本の伝統的大企業)だと思われているかもしれません」と話すのは、関西電力の上田晃穂氏(理事 IT戦略室長)だ。同氏はJTCには組織的に硬直的で石橋を叩いて壊して渡らない文化があると言及しつつ、「関西電力は本気でAIファースト企業(AIFC)を目指しています」と強調する。
同社がデジタル変革に取り組む背景やAI活用を含む同社のDX推進のロードマップ、AIユースケースなどから、ミッションクリティカル領域におけるAI実装のヒントを探ろう。
本稿はITmediaエンタープライズが主催した「Enterprise IT Summit 2025 秋」(2025年11月17〜20日)で関西電力の上田晃穂氏が「挑み続ける関西電力〜生成AIで切り拓く、AI産業革命を見据えたDXビジョンの実現〜」というテーマで講演した内容を編集部で再構成したものです。
上田氏によると、エネルギー事業者は次の「4つのD」によってデジタル変革を求められている。
現状では化石燃料を主なエネルギー源とする火力発電において、発電時に二酸化炭素(CO2)を多く排出するという特徴がある。CO2排出量を削減し、CO2排出量と吸収量を均衡させるカーボンニュートラルの実現が喫緊の課題となっている。
太陽光や風力、水力といった再生可能エネルギーによる発電量が増加しているのに加え、系統用蓄電池が電力系統に接続されるようになった。各地に分散するこれらの電源や蓄電池をいかに束ね、運用を最適化するかが技術的、経営的課題として浮上している。
2014年から始まった電力システム改革の一環で、2016年に電力小売業が全面的に自由化された。この電力小売全面自由化に伴って、これまで関西電力が認められてきた関西における地域独占が消失すると同時に、関西電力は全国での電力小売販売が可能になった。「関西地域だけでなく日本国内、ひいてはグローバルな視点を持ち、電力だけでなくガスの販売や情報通信事業、不動産業にも取り組んでいます」(上田氏)
日本の総人口は2025年7月時点で約60万人減少、日本人に限定すると約90万人減少した。「人口減少は労働力人口の減少、そして国力の減少にもつながる大きな問題です」(上田氏)
これらの「4つのD」を解決する鍵として関西電力が打ち出すのが、5つ目のDである「デジタル化」(Digitalization)だ。同社は2018年からDX(デジタルトランスフォーメーション)推進に取り組み、2025年にはOpenAIと戦略的連携を開始。同年10月に「ChatGPT Enterprise」を全従業員に展開した。
関西電力は2030年に破壊的なイノベーションを伴う「AI産業革命」が到来すると想定し、AIを活用したDXに取り組んでいる。同社にとってDXとは、中期経営計画でうたう「KX」(Kanden Transformation)を実現するための手段だ。DXロードマップには「個別業務のAI化」だけでなく、「AIを前提とした業務の再構築」を踏まえた施策が定められている。
冒頭でも触れたとおり、同社は目指すべき姿としてAIFCを掲げている。上田氏は「当社はAIFCを目指しています。当社におけるAIFCの定義は明確です」と述べ、JTCとAIFCを次のように比較した。
上田氏によるとJTCとAIFCではAIの捉え方が異なる。JTCは「ヒトの仕事はそのままで、AIをどこに使うか」を考えるのに対し、AIFCは「AIを前提に業務を再構築し、競争優位性の源泉」とする。
さらに経営手法にも明確な違いがある。「JTCの経営は計画を重視し、フルマラソンのように決まったゴールに向かってペースを守って42.195キロを走ります。しかし、VUCA(Volatility《変動性》、Uncertainty《不確実性》、Complexity《複雑性》、Ambiguity《曖昧性》)の時代である今、ゴールは途中で変わることがあり、道が途切れることもあります。AIFCの経営はこうした変化に柔軟に対応するために100メートル×422本を連続でダッシュします」
変革のために、関西電力では次の3つの組織が三位一体となってDXを推進している。
上田氏によると、関西電力は2025年6月に社会インフラ企業として初めてOpenAIと戦略的連携を開始し、OpenAIの「ChatGPT Enterprise」「OpenAI API」などの生成AIサービスを活用する環境を整えた。「DXビジョン実現のためには全従業員が生成AIで“武装”し、生成AIを使いこなさなければならないと考えました」(上田氏)
ChatGPT Enterpriseの利用に際しては、社長を含む全従業員が2時間以上にわたる研修を受講した。経営層向けの研修では経営戦略策定や意思決定に生成AIをどのように活用するかをレクチャーし、森望社長から「研修の課題以外にも試し、これは本当に使えると実感した」との評価を得たという。
関西電力はDX人材の育成も戦略的に進めている。同社はDXの対象者を高度DX人材および各部門のDX推進者、全従業員の3層に分けて育成目標人数を社外に発表した。2025年度末時点の目標として高度DX人材は約50人、各部門のDX推進者は約5600人、全従業員約1万7000人のDXリテラシー向上を掲げている。
「人材育成を進める上で大切なのは、人事制度の一貫性やポジティブなフィードバックサイクルです。採用や配置、育成、評価、報酬が一貫性をもって実現される必要があります。評価や報酬のプロセスで社内外の表彰制度を活用し、従業員と組織のモチベーションを高めています」
同社は社内表彰だけでなく、社外の表彰制度にも積極的に応募している。社外での表彰は受賞者本人に自信をもたらすだけでなく、メディアなどで受賞実績が報道されることで、「関西電力ではDXでこんな面白いことができるんだ」といった興味が喚起され、優秀な人材の獲得にもつながる。
DXの推進には組織の風土改革も重要だ。上田氏によると、組織風土とは過去の組織における「きっかけとなる言葉、行動、見返りの言葉」の記憶だという。従業員が失敗した際「何をやっているんだ」と叱れば、従業員は二度と挑戦しなくなるが、「ナイストライ、次も頑張ろう」と声をかければ、挑戦する風土が醸成される。
AI活用に当たって課題となるのが、人とAIとの役割分担だ。関西電力は人とAIとの協働をどのように進めているのだろうか。
上田氏は「人とAIの協働には4つの形がある」と語り、トヨタ自動車の創業者である豊田喜一郎氏の「機械は人間と一体となって完全になる」という言葉を引用し、「AIは人と一体となって完全になる」と述べた。
図3の「(D)AI+ロボットに任せる」の例となるのが、火力発電所の巡視点検だ。これまで従業員が設備情報を五感で確認していたのに対し、現在は可視光カメラやサーモカメラ、音響マイク、ガス検知器を搭載した自動走行型ロボットが設備情報を収集している。ロボットが収集した情報は、AI診断システムの画像診断や音響診断によって設備の運転状況が正常かどうかを診断している。これにより巡視点検の業務効率と生産性が大幅に向上したという。
こうして全社での生成AI活用を進めた結果、関西電力のユースケースは554件に達した。
その一つが火力デジタル発電所の実現に向けた運転業務や保全業務へのAI適用だ。過去のトラブル事例や設備知識、業務手順といった社内文書を生成AIに読み込ませ、従業員がアドバイスを受けられる環境を構築した。業務アドバイザーとして活動するAIがベテラン従業員のノウハウを基に、従業員からの質問に回答することで、ベテラン従業員の退職による技術継承問題の解消を図る。AIによる回答の正答率は72%で、同社は改善後の本格実装を目指す。
法令情報や社内情報を読み込ませた生成AIによる法令チェック支援システムは、不順守発生件数を78%削減することに成功した。工事情報を入力すると、法令チェック支援システムが検索用データベースに蓄積された法令情報や社内情報を検索し、判定結果を出力する。
さらに同社は営業活動でも生成AIを利用している。リード創出から商談、クロージング、アフターフォローに至るプロセス全体に生成AIや数値AIを導入している。AIが営業担当者に対して見込み客への提案方法のアドバイスや、リード創出のための情報収集を自動で実施している。
社内ヘルプデスク業務を支援する生成AIも稼働している。ITシステムに関する不具合や操作方法の問い合わせ対応を一元的に提供する「ITサポートサイト」のチャットbotと検索機能に生成AIを適用したところ、正答率は80%以上、検索時間75%削減を達成した。上位の検索結果を要約し、回答文を生成することでFAQ検索にかかっていたユーザーの工数を削減し、5年間で数十億円の効率化効果を見込んでいる。経理や調達、人事労務といった管理・間接部門への横展開も進めている。
広報部門では、プレスリリース作成やQA対応業務を支援する生成AIを導入している。類似文書やQAの検索にかかる時間は1件当たり約30分から約80秒に、プレスリリースの素案作成にかかる時間は1件当たり108分から15分に短縮され、5年間で数億円の効率化効果を見込む。
同社は直近では経営の意思決定を支援するAIエージェントの構築にも取り組んでいる。リスク評価や議論の活性化、アイデアの検証といった“壁打ち”に生成AIを活用し、経営判断のスピードと質の向上を図る。AIによってリスクを分析したり、 “天使の代弁者”や“悪魔の代弁者”といった役割をAIに持たせてバーチャル検討会議を実施したり、従業員が対話できる“AI経営層”や“AI消費者”を作って企画書や提案資料の作成を効率化したりしている。
関西電力は2018〜2024年の間に、DXに関する610件のPoC(概念実証)を実施し、473件を実用化した。2025年度はDXの効果として293億円、IRR(内部収益率)は約8.3%を目指す。
「2025年までに1600億円を投資しました。2026年以降はDXの効果が投資額を明確に上回る計画で、投資が実を結ぶ時期を迎えられると見ています」
今後、関西電力は「価値」と「範囲」の2つの軸でDXに取り組む。
現在は発電事業やオフィス業務にAIなどを適用することで「便利になる」「安くなる」「早くなる」といった「機能的価値」を中心に提供しているのに対し、今後は小売・ソリューション事業部門でのDXを通じて顧客との信頼関係の深化といった「情緒的価値」や、仮想発電所(VPP)・分散型エネルギーサービスの実現、社会貢献の意識・行動変容を促すサービス「モアクト」の展開、不要PC・スマートフォンを社会課題解決の力に変える「ポンデテック」などによる「社会的価値」の提供を図る。
自社やグループ会社・協力会社に閉じるのではなく、エネルギー業界、顧客・社会まで影響範囲を広げる考えだ。
「今後はDXによる価値提供を、機能的価値だけでなく情緒的・社会的価値へ高めると同時に、当社グループで培った強み・ノウハウを活かして、社会インフラ業界の“あたりまえ”を変えたい。そして顧客・社会の意識や行動変容につながるような取り組みをさらにスピードアップさせたいと考えています」
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