企業の情報漏えいや不正アクセス被害の公表が相次いでいる。AIを悪用した攻撃が広がっているのか、そもそも検知や公表の在り方が変わっただけなのか。アクセンチュア、デロイト トーマツ サイバー、NRIセキュアの有識者3人に聞くと、その答えは三者三様だった。各氏は何を根拠にどう読み解いたのか。
2026年9月中旬から、日本企業や組織による情報漏えいと不正アクセス被害の公表が途切れなく続いている。業種を問わず被害が広がり、1社で数百万件規模の会員情報が流出した事例も相次いだ。公的機関も次々と注意喚起を出している。
なぜ今、これほど多くの漏えい報告が出ているのか。考えられる仮説は次の3つだ。
編集部はこの3つの仮説を示し、アクセンチュア、デロイト トーマツ サイバー、NRIセキュアテクノロジーズ(以下、NRIセキュア)の有識者3人にメールで見解を聞いた。
3氏は、攻撃側によるAIの活用の影響が大きいとみる2人と、原因は一括りにできないとする1人に分かれた。検知能力の向上や公表の早期化を主な要因に挙げた人はいなかった。
アクセンチュアの藤井大翼氏(執行役員 サイバーセキュリティ 日本リード)は、最も大きい要因はAIの活用だとみる。藤井氏によると、フロンティアAIと呼ばれる最先端の高性能AIモデルが登場して以降、アクセンチュアはAIが直接的、間接的に悪用された攻撃のケースを複数確認している。被害の調査を進める中で、論理的に考えてAIの関与を強く疑う事案もあるという。
ただし同氏は、これを攻撃の「大規模化」とは捉えていない。「個人情報の取得など目的が明確な攻撃が複数の企業に広範囲に行われている印象だ」(藤井氏)
サイバーセキュリティサービスを手掛けるデロイト トーマツ サイバーの吉村修氏(シニアマネジャー)も、AIの活用の影響が大きいとみる。ただし同氏は、大規模化という「量」の観点だけでなく、「質」の変化に注目する必要があると指摘する。
吉村氏が例に挙げるのは、情報通信研究機構(NICT)が2026年10月13日に注意喚起した「A2B攻撃」(App-to-Backend Attack)だ(注1)。一般公開されたAndroidアプリを解析して接続先や通信の仕様を把握し、その情報を基にバックエンドサーバを攻撃する手法を指す。
吉村氏によると、手法そのものは新しくない。セキュリティ研究者がアプリを解析し、脆弱性を発見して対象企業に知らせた上で公表することは以前からあった。ただし、こうした解析はアプリごとに行う必要があり、大量にはできない。そのため対象は、脆弱性を発表した際にインパクトがある知名度の高い企業のアプリに偏りがちだったという。
吉村氏の見る「質」の変化は、高い技術力がなくても、AIを使えばアプリの解析から攻撃までを容易に、かつ大量に実行できるようになった点にある。これまでは攻撃側の手が回らず見逃されていたアプリまで狙われるようになり、被害が急増したと同氏は考える。
「ただし、これはAIによって『従来のセキュリティ対策を突破する高度な攻撃が行われるようになった』と捉えるべきではない」(吉村氏)。被害に遭った個々のシステムの脆弱性は承知していないとした上で、同氏は認証や認可の不備といったありがちな脆弱性が悪用されたのではないかと推測する。
一方、野村総合研究所グループの情報セキュリティ専門企業、NRIセキュアの木村匠氏(グローバル・リサーチコンサルティング部 グループマネジャー)は、攻撃の手口や要因は多様で、個々の事案の原因を一括りにすることはできないとみる。
その上で木村氏は、同社が観測した事象を示す。2026年10月2〜8日の1週間で、同一の送信元IPアドレスから複数の組織に向けられた、APIを対象にした攻撃関連イベントを約3万件検知した。検知したイベントの80%以上は、データベースに不正な命令を実行させようとするSQLインジェクションに関連するものだった。
AIの関与をうかがわせる情報もある。9月22日から29日にかけて攻撃元として観測された別の送信元や、10月2日から8日にかけて観測された攻撃者の作業用とみられるサーバ3台には、AIエージェントに攻撃関連の作業を行わせたり、分担させたりしたことを想起させる特徴が見られた。ただし木村氏は、これらの情報と実際に観測された攻撃関連イベントとの関連は確認できていないと留保する。
木村氏は、今回の一連の事案にAIが関係しているかどうかにかかわらず、中長期的には攻撃者がAIで攻撃の一部を自動化し、偵察から実行までの作業を効率化することは十分に現実的だとみる。「AIが攻撃に活用されることを前提においた対策をすることが、当たり前のものとして求められるようになる」(木村氏)
では、セキュリティ責任者は何を基準に対策の優先順位を付ければよいのか。木村氏は、優先順位を付ける基準として次の4つを例に挙げる。
このうち不要なデータの廃棄について木村氏は、個人情報保護委員会が2026年10月7日に公表した「大規模な漏えい等事案を踏まえた対応について(注意喚起)」(注2)も、不要となった個人データの消去を呼び掛けていると補足する。
(注2)「大規模な漏えい等事案を踏まえた対応について(注意喚起)」について(個人情報保護委員会)
木村氏はこれらの前提として、自社の状況を調べることが重要だと述べる。JPCERTコーディネーションセンター(JPCERT/CC)などの注意喚起で示された不審な送信元IPアドレスからのアクセスの有無と期間、そしてアクセスログを調査できた範囲とできなかった範囲だ。その上で「これまで提唱されてきたセキュリティ対策と相違はなく、基本的な対策を徹底することが重要となる」と強調する。優先順位付けと対策実施の判断を速く進めるには、人的リソースの拡充と、事業に影響する事項に関する経営レベルの判断が必要になるという。
吉村氏も、最近の事案の多発を受けて優先順位付けや対策が大きく変わるわけではないとみる。優先順位は、外部からのアクセス可否や重要なデータの取り扱いの有無、業務またはサービス提供上の重要性を踏まえて決めるべきだとする。脆弱性診断や資産管理、脆弱性管理、セキュリティ監視が重要だという点も変わらないと述べる。
一方で、脅威の質の変化を踏まえたより踏み込んだ対策は必要になるという。脆弱性診断であれば、自社のアプリが解析される可能性を考慮した診断を行っているか。セキュリティ監視であれば、リクエストの内容自体は正常でも、通信量の増加などの不審な兆候を検知できるか。吉村氏はこうした点検の観点を挙げる。
「講じるべき対策の幅(カテゴリー)は増えないが、脅威の変化に対して『どこまでやるべきか』は変化しており、これまでの対策で十分か見直すべきだ」(吉村氏)
藤井氏は、基本的な対策の実施を前提に、それを「隅々まで徹底できるか」がポイントだと指摘する。「優先順位をつけて実施するだけではなく、対策が確実に完了していることを確認することが肝要だ」(藤井氏)。迅速な徹底を妨げる要因を把握し、それを取り除く行動が急務であり、特に複雑なシステム構成の改善や資産の可視化、社内の連携強化が重要だとする。
同氏は、深刻な脆弱性への対応が間に合わない場合への備えも必要だとみる。2026年10月には、Webサイトなどで広く使われるプログラミング言語「PHP」の深刻な脆弱性が公表され、情報処理推進機構(IPA)などが注意喚起した(注3)。藤井氏は、こうした事態で脆弱性の修正が間に合わなければ、安全面を考慮してシステムを予防的に停止する対応が必要になる場合があるとみる。その対応が従来のセキュリティ責任者の権限を超える場面を想定し、社内の体制を整えることも求められるとする。
答えは割れたが、処方箋は共通する。3氏がそろって挙げたのは、基本的な対策の徹底だ。木村氏と藤井氏は、それを阻む自社の「複雑さ」の解消も挙げる。
「自社のサービスでこれまで大きな被害が出ていなかったのは『セキュリティ対策が十分だったから』ではなく、単に『見逃されていただけかも』と考えることが重要だ。今後見逃される可能性はますます減るため、外部に公開するアプリやサービスは解析される前提で対策を検討すべきだ」(吉村氏)
木村氏は「サイバーセキュリティは『複雑さ』との戦いだ」と述べる。システムが複雑な構成になった結果、インターネットに公開している部分やアクセス制御の状況を個別に把握しきれない状態が生まれることもある。高度な対策が必要になることも当然あるとしつつ、多くの場合は複雑な状態を解きほぐして整理するという基本的な事項が大切な第一歩になるとする。
藤井氏は、2026年春先から急速にサイバー脅威が顕在化し、「全対象」「全領域」「常時」の攻撃時代に入ったと表現する。AIを活用して防御を高度化する必要性が高まっているとみる。一方で、防御側でAIを活用しようとしても、基本的な対策の不足や必要な情報がそろわないこと、ITシステムの複雑さなどによって効果が限定的になる課題があるという。こうした課題を抱えたままセキュリティを強化すると、工数やコストが急激に増大することも明らかだとする。
「脅威がますます深刻化する中、目の前の対策を実行することも重要だが、抜本的な対策を検討し、投資する時期に来た」(藤井氏)
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