この数年、ITを活用した生産性の向上を常に訴え続けてきたシスコシステムズ。同社は2004年末になって、ブロードバンドで先を行く日本ならではのソリューションに着目すべく、富士通との提携やR&Dセンターの開設といった動きを相次いで発表した。その背景にあるものを、黒澤社長に語ってもらった。

ITmedia 2004年は比較的明るい一年だったのではないでしょうか。

黒澤 去年のインタビューの中で、「ITバブルがはじけて2年半苦しんだけれど、状況は好転し、成長の年になるだろう」と述べましたが、実際そのとおり、地に足の着いた成長が見られた一年でした。その中でCiscoは、日本には相当の投資を行っています。先日発表した富士通とのアライアンスも、その1つの表れです。

ITmedia ネットワーク業界を見渡すと、ほかにもNECと日立の合弁によるアラクサラネットワークの設立のように大きな動きがありました。

黒澤 変化はいいことだし、われわれにとって大きなチャンスだと思っています。うまくその変化を捉えていくことができれば、シェアの拡大にもつながりますし。

ITmedia 既存の電話網からIPへの移行という動きもいよいよ本格化してきました。

黒澤 いずれはすべてがIPになる、つまり「オールIP」化するということは、みんな分かっていると思います。分からないのは「それがいつ起こるか」ということでした。ですが11月にはNTTが中期経営戦略の中で、光/IP化の方針を明らかにしました。この発表が一番大きなインパクトがありましたが、時期も含めていよいよ動きが具体的になってきました。この背景には、さまざまな技術革新の末、IPがキャリアサイドから見ても信頼できる技術になったことが挙げられるでしょう。

ITは生産性向上に「効く」

ITmedia 企業側を見ても、IP電話の導入などが広がりました。

黒澤 エンタープライズの分野では、生産性の向上が大事だということを経営者の方々もはっきり認識するようになったと思います。ITはそれを実現する道具です。ただ、それも先進的企業の話で、全体を見るとまだあまり始まっていませんね。

ITmedia シスコと黒澤さんはここ数年、常にITの活用による生産性の向上をアピールしてきましたが、その成果はどうでしょう? ある新聞記事によると、日本の生産性は先進国中最下位に近いといいます。

黒澤 生産性を上げなくてはいけないと認識はしていても、行動に出ていないということなのでしょうね。そのことはIT投資額を見ても分かります。僕は前から「国の成長率とIT投資には相関関係がある」と主張してきましたが、米国に比べるとIT投資額はぜんぜん低いのです。1990年のIT投資額を1だとすると、米国は5、日本は2.4にとどまっており、その差が成長率に出てきているのでしょう。


「人を育てることが大事。体力、気力、それに最低限の学力を備えた人材を育てなくてはならないのに……」と、今の教育制度に苦言を呈す黒澤氏

 日本ではITは「そろばん」の代わりにしか用いられていませんし、その評価も正しく行われていないと感じています。何のために、どこでどのようにITを使うのか、結果としてうまくいったのかという評価の尺度があいまいなのです。収入につながらないそろばんの代わり、という使い方では、結局「金食い虫」という評価に終わってしまいます。

 けれど、そうじゃないんですよ。ITをどこに使うべきかは、かなりクリアになっています。企業の事業にはコアの部分と、そうじゃないけれど組織として必要な部分とがあって、会社の競争力の源泉は当然コアの部分。でも実際は、コアの部分に割かれるのはほんの一部で、大部分は関係ないところに割り当てられている。ここにITは効くんです。ITを活用して浮いたリソースをコアのほうに振り向ければ、生産性の向上や収入の拡大につながります。そうそう、バックオフィスで働いている人たちの時間は、何に使われているか知ってます?

ITmedia さて……。

黒澤 65%はコミュニケーション、いわゆる「ほう・れん・そう」です。それをやらないと次に進めませんから。仮に電話が時間の5割を占めているとして、相手がたまたま電話に出られない状況だとメモを残して……とやるたびに、仕事が止まってしまいます。そこで、メールや電話を含めたコミュニケーションを改善すれば、無駄な時間をなくすことができる。このことさえ理解してもらえれば、すぐ「やりましょう」と決断してくれますよ。

ITmedia 大企業に限った話ではないのですか?

黒澤 むしろ中小企業のトップのほうが、毎日実務に携わっているだけに危機感を抱いており、電話を切り口にして説明すれば即決してくれます。10月には、中小企業をターゲットに、ルータやスイッチ、ワイヤレス、セキュリティなどすべてをパッケージ化した「Cisco Integrated Services Routers(ISR)」も出しました。

ブロードバンドでは日本が先行

ITmedia ネットワーク全体のセキュリティを実現する「Network Admission Control(NAC)」と「Cisco Security Agent(CSA)」、あるいはストレージの仮想化などさまざまな分野で取り組みを進めてきました。

黒澤 「インテリジェントインフォメーションネットワーク」実現の途中にあるのがバーチャライゼーション(仮想化)だと思っています。今は、音声やビデオなどのコンバージェンス(統合)が起こっている段階ですが、次は、リソースの仮想化が起り、どこにあろうと意識せずに、ストレージやサーバ、ミドルウェアなどを使えるようになるでしょう。その次にアプリケーションがくると思っています。たとえば、その人の分脈に応じて適切なコミュニケーションを取れるようにする、そのための技術革新がものすごい勢いで進んでいます。

ITmedia 日本発のアプリケーションにも期待できるのでしょうか。

黒澤 これまでネットワークの分野では米国が進んでおり、日本に持ってきてチューニングして提供する、ということをやってきました。けれどブロードバンドに関しては、その仮定が崩れました。Ciscoのサービスプロバイダー向けの売り上げは、米国が30%、それ以外の各国が70%なんですが、中でも一番進んでいるのがアジア、特に日本です。

 実は、6月にリリースしたCRS-1も、日本のキャリアの「このままトラフィックが増加してはパンクしてしまう」「キャリアクラスの信頼性を」という声をベースに開発したものです。そういう動きをどんどん加速していきたい。IOS-XRの富士通との共同開発や品質センターもその一環です。

ITmedia 2005年はどんな動きが見られるでしょう?

黒澤 生産性の向上を目指す動きがもうちょっとは進むんじゃないでしょうか。VPNとワイヤレス、IPコミュニケーションの浸透、データセンターの統合やストレージといった動きに加え、キャリア側では次世代ネットワークの構築が進みます。中小企業も大化けする可能性がありますね。新しいアプリケーションを利用するということになれば、ネットワークのアップグレードも必要になります。今年以上にネットワークへの投資が増加するのではないでしょうか。

頻繁な米国出張の際には「2時間くらいしか寝ないでいろいろやってるから、しまいにはメールをやり取りしている相手に『早く寝ろ』といわれる」ほどの黒澤氏。寝ているとき以外は何か仕事をしているというが、年末年始はいつもどおり、長野県・菅平の山荘で新年を迎えるという。

[ITmedia]

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