DECやパッカードベルはどこへ?――ITベンダー 栄枯盛衰:今日から使えるITトリビア
ITベンダーほど栄枯盛衰の激しい業界はない。一世を風靡した企業の中にも「今はなき――」が何と多いことか。今回はこの「一昔」の間に消えてしまった企業を懐かしんでみた。
大型合併が相次いだコンピュータベンダー
「十年一昔」という言葉がある。IT業界では10年どころか、「一年一昔」とも思われるが、それだけ技術革新が早く、浮き沈みのも激しいということだ。だから、合併、買収、そして残念ながら破産した企業も数知れない。
ちょうど10年前、1998年はWindows 98が登場し、オフィスでも家庭でも本格的にコンピュータが急速に普及し始めた年のこと。この年、IT業界でも大きな企業合併がいくつかあった。その1つが、コンパックコンピュータによるディジタル・イクイップメント(DEC)の買収だ。DECと言えば、1957年に創業した歴史ある企業であり、かつては「VAX」というミニコンを擁し、業界の雄として名を馳せていた。また、1990年代にはRISCプロセッサベンダーとしても有名になり、DECが開発した世界初の64ビットCPU「Alpha」は、当時の最高速プロセッサとしてギネスブックにも載ったほど。しかし、1990年代に独自アーキテクチャのミニコン市場が終息に向うと、DECの業績はみるみるうちに悪化。10年前の1998年、ついにIBM PC互換機ベンダーとして急速に発展したコンパックに買収された。
1982年に創業したコンパックは当時、新進気鋭のコンピュータベンダーとして成長の途上にあった。IBM PCの互換機からいち早く脱皮し、当時PCサーバと呼ばれていたインテルアーキテクチャ(IA)のサーバ分野に参入。DECを買収する前年の1997年には、フォールトトレラントコンピュータのトップベンダーだったタンデム・コンピュータを買収するなど、飛ぶ鳥落とす勢いがあった。タンデムとDECを続けざまに買収したことで、コンパックはIBMに次ぐ世界第2位のコンピュータベンダーにまで登り詰めた。
しかし、そのコンパックもヒューレット・パッカード(HP)に買収される。現在、HPはIBM、デルと三つ巴でデスクトップからIAサーバまでの分野でトップシェアを争うベンダーになっている
一方、PCベンダーの淘汰も進んだ。1990年代前半、米国のPC市場でトップシェアを誇っていたパッカードベルというベンダーがあった。同社は1998年、NECに買収される(NECがパッカードベルに資本参加したのは1996年)。NECは、日本では「PC-98」というブランドでトップベンダーの地位に君臨していたが、海外向けのIBM PC互換機ビジネスは弱く、どちらかといえば「MultiSync」というブランドのディスプレイベンダーとしての知名度のほうが高かった。パッカードベルを買収したNECは、一気に世界のPC市場でも上位シェアを獲得できるものと期待したはずだ。ところが、その目論見は大きく外れることに。パッカードベルは、デルやゲートウェイなどの直販PCメーカーが急伸した煽りを受け、業績が悪化。2000年には、米国のPC市場からも撤退してしまった……。さらに2006年、NECはパッカードベルをゲートウェイに売却した。
そのゲートウェイは現在、米国第3位のPCベンダーである。1985年に創業したゲートウェイは、BTO(Build To Order)方式の直販メーカーとして急激に企業規模が大きくなり、一時は世界で5指に数えられるベンダーになった。ところが、2000年を過ぎると急速に経営が悪化。2001年には日本市場から突如として撤退したり、米国外の生産拠点を閉鎖したりなどの大規模なリストラを行った。さらに、2004年に同じく直販PCメーカーのイーマシーンズを買収することで、辛うじて生き残りを果たすことができた。そのゲートウェイも2007年に台湾のエイサーに買収され、現在はエイサーの子会社として存続している。
集約されたx86互換CPUベンダー
コンピュータベンダーの集約が進んだように、この10年でPC向けのプロセッサを製造するCPUベンダーの統合も進んだ。32ビットのPCが主流になり始めた1990年代前半、インテルのx86アーキテクチャと互換性を備えたCPUを開発・製造するベンダーが次々に登場した。サイリックスやネクスジェン、AMDなどは、インテルのCPUを換装して高速化するという「CPUアクセラレータ」向けのCPUを提供するベンダーとして有名だった。
しかし、アーキテクチャが日々刻々と変化するCPU市場では、互換製品メーカーに日の当たる時間は短かった。1994年、AMDはネクスジェンを買収。これが、AMDが互換CPUビジネスで成功を収めていく契機となった。一方でインテルは、互換CPUだけでなく、グラフィックスチップの分野で進んでいたチップス・アンド・テクノロジーズを1997年に買収した。
また、同じ1997年には、ナショナルセミコンダクターがサイリックスを買収している。ただし、ナショナルセミコンダクターはサイリックスのビジネスをうまく生かすことができず、1999年に旧サイリックスのCPU部門を台湾のVIAに売却している。さらに、2003年には組込みプロセッサ部門をAMDに売却した。
VIAは、1992年に設立された新興企業で、当初は同じく台湾の2社、SiSとALiと同様にチップセットを中心とする半導体メーカーだった。1999年に旧サイリックスのCPU部門を手に入れると、同年にもう一つのCPUベンダー、セントールテクノロジーを親会社のIDTから買収している。VIAは、現在でも互換CPUを作り続けている数少ないメーカーだ。
互換CPUメーカーには、x86互換の低消費電力プロセッサを開発していたトランスメタがある(少し前まで、ソニーのモバイルPC「VAIO C-1シリーズ」などに採用されていた)。同社は現在も健在だが、現在はCPUの開発・生産は行っておらず、つい最近の2008年9月、身売り先を探していると発表している。
IBMとオラクルの買収合戦
ソフトウェア業界に目を向けると、実に多くの企業買収が行われている。近年特に目立つのが、IBMとオラクルの両社による買収合戦だ。
IBMの企業買収は、1995年にロータスを買収したところから始まった。ロータスと言えば、DOS時代のける表計算ソフトのデファクトスタンダード「1-2-3」のメーカーであり、当時は1-2-3からグループウェア「Notes」に主軸を移そうとしていた時期だった。その後、1996年には運用管理ソフトベンダーのチボリ、2001年にはデータベースベンダーのインフォミックス、2003年には開発ソフトベンダーのラショナルなど、次々に買収していった。IBMは、これらのブランドをソフトウェア事業にうまく取り込み、メインフレーマーのイメージを払拭することに成功した。
一方、オラクルもソフトウェアベンダーの買収を積極的に進めていった。総合ソフトウェアベンダーを目指して大規模な買収を開始したのは、2005年のピープルソフトから。ピープルソフトは、人事系ソフトウェアを中心とする基幹システム向けの大手パッケージベンダーだったが、オラクルの敵対的買収によりかなり強引に吸収されてしまった。2006年には、CRMソフトベンダーの大手、シーベル・システムズを買収。さらに今年、ミドルウェアベンダーの大手、BEAシステムズを買収している。相次ぐ大手ベンダーの買収によって、オラクルは元々のデータベースはもとより、ミドルウェアやアプリケーションなどさまざまな分野におけるトップベンダーとして君臨することになった。
米国で始まった金融危機は、あらゆる業界に影響を与えている。大手証券会社のリーマン・ブラザーズが破綻して金融業界に衝撃が走ったが、今や自動車業界最大手のゼネラルモーターズでさえ瀕死の状態。IT業界に限らず、あらゆる業界で今後も思いもよらなかった企業合併があるのでは――。
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