「銅」を超えろ――鉄系超伝導体:日曜日の歴史探検
電子のスピードの減衰もエネルギーの減衰も発生しなくなる超伝導状態。環境エネルギーの切り札として考えられているこの超伝導に鉄系超伝導体が登場したことで、物性物理学界が盛り上がっています。
伝導体の中を電子が流れることによって発生するのが電流というのは、多くの方が知るところだと思います。マイナスの電荷を持った電子が、プラスの電荷を持った陽子の間を動くと、原子は振動(格子振動)し、これが電気抵抗となって電子のスピードを遅らせたり、エネルギーを減衰させたりします。しかし、電子のスピードの減衰もエネルギーの減衰も発生しなくなる状態が存在します。それが超伝導状態です。
超伝導状態では、電子が2個でペアを組み、電子のエネルギーが格子振動で失われると、同じエネルギー分だけもう1つの電子の推進エネルギーとして使用されるようになり、電子のスピードの減衰もエネルギーの減衰も発生しなくなります。つまり、電気抵抗がなくなるわけです。
超伝導を利用して例えば電線の電気抵抗が0になれば、無駄なくエネルギーが送れることになります。しかし、超伝導が低温でしか起きなければ、冷却のためのエネルギーが必要となりますので、臨界温度を上げることに研究者は腐心してきました。もし常温(絶対温度で270K以上)で超伝導が実現すれば、われわれの生活に与えるインパクトは計り知れません。
超伝導の歴史は長く、カマリン・オンネス氏によって1911年に水銀による超伝導が発見されて以来、さまざまな超伝導物質が発見されてきました。しかし一般に、超伝導になる温度(転移温度)は極低温(絶対温度で数十度、摂氏ではマイナス二百数十度)でしか起きないと考えられていました。
約20年前の1986年、銅酸化物が温度100Kの壁を破ると、一般的な低温環境や室温で機能する実用的な超伝導体が存在するのではないかと物性物理学界は沸き立ちます。常温超伝導などの可能性が示されたことで、当時は超伝導フィーバーとでも呼ぶべきにぎわいを見せましたが、しかし実際には、その後近年まで大きな変化はなく、銅以外の高温超伝導にはめどが立たない状況が続いていました。超伝導を示す物質としては、これまでに金属系と銅酸化物系の2種類の物質が発見されていますが、そもそも普通は絶縁体であるはずの遷移金属酸化物が高温超伝導を可能にしていることも未解明であり、銅以外の高温超伝導体を模索する動きが続いていました。
鉄系超伝導発見
2008年に入ると、東京工業大学の細野秀雄教授らのグループが、鉄化合物(鉄と砒素の化合物)の層が酸化ランタンの層と重なり合った物質(LaFeAsO)を発見します。従来の超伝導理論であるBCS理論では強磁性や反強磁性などの磁気的な状態は超伝導を壊すとされてきました。鉄は、磁石になることからも分かるように、普通は強磁性と関連した物質であり、かつ鉄自体はいくら冷却しても超伝導を示さないので、超伝導とはあまり縁がないというのが物性物理学の“常識”でした。LaFeAsO自体は超伝導体ではありませんが、酸素の一部をフッ素に置換した物質が26Kで超伝導を示すことが発表されると、その後わずか数カ月ほどで盛んに研究が行われ、転移温度は50Kを超えるまでになっています。
銅酸化物の転移温度は100Kを超えているため、まだ銅を超えたわけではりませんが、この系では数多くの元素の組み合わせが考えられ、今後の成果が期待される分野と化しています。実際、米国の科学雑誌「Science」でも「2008年の10大ブレークスルー」の1つに鉄系高温超伝導物質の発見を選出するなど、多くの注目が集まっています。
鉄系超伝導はより高温の超伝導を現実にする1つのヒントとなり得るのかもしれません。
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