伊東を送り出した坂口は、椅子に体を深々と沈めて軽く息を吐いた。先週末の疲れが、まだ残っているようだ。
坂口 「園村さんは、風邪引かなかったかな……」
目を閉じると、冬の海が浮かんでくる。先週の半ばだったろうか、坂口は突然、西田から一泊の釣り旅行に誘われたのだ。
西田 「坂口、お前布袋四郎って知ってるか?」
坂口 「ホテイビール社長ですか? この前、息子さんにはお会いしましたが……」
西田 「社長の方はまだだろ? よしよし、俺が紹介してやる。実はな、金曜日から一泊で勝浦で一緒に釣りをすることになっとるんだ。この前会ったときにお誘いしたら、布袋さんがちゃんと手配してくれてな。あの人も義理固い人だ」
坂口 「い、一泊旅行ですか? でも、僕が付いていってお邪魔じゃないんですか?」
西田 「構わん、構わん、荷物持ちのつもりで付いて来い」
西田の満面の笑顔に圧倒され、ついつい了解してしまった坂口は、週末の金曜日、経堂の自宅で仮眠を取ったあと、終電で東急東横線自由が丘駅からほど近い西田邸を訪ねた。
そこから西田の自家用車レクサスLS460に乗り込み、東京湾アクアラインを抜け、一路房総の勝浦へと向かった。待ち合わせ場所の港に到着したのは、午前4時少し前。もちろんあたりはまだ真夜中の静けさの中だ。
布袋四郎 「おはよう。今日は天気も良さそうだし、良い釣りができそうだぞ」
西田 「今日はありがとうございます。船の手配をお任せしてしまって申し訳ありませんでした。紹介します。こいつがうちの若手の坂口です」
坂口 「坂口です。今日はよろしくお願いいたします!」
布袋四郎 「君が坂口くんか。はじめまして、布袋四郎です」
目の前の港には、ボートが1艘(そう)泊まっている。ボートの上にはすでに2つの人影があり、出港の準備をしているようだった。
今回の企画は、布袋四郎が所有するボートを借りての海釣りだ。坂口ら3人がボートに乗り込もうとすると、ちょうどキャビンから出てきた大男と鉢合わせになった。
その男は、布袋四郎の息子で、ホテイビールグループ会社ホテイドリンク社長の布袋泰博だった。
布袋泰博 「おう、久しぶりやな」
突然の再会に坂口は息をのんだ。
坂口 「ほ、布袋社長!お、おはようございます!」
四郎 「おお、坂口くんは息子に会うのは2回目だったな。どうしようもない不良息子だが、今日はこの船の船長だ。ひとまずはいうとおりにしてやってくれ」
坂口 「西田さん、ひどいな?、びっくりするじゃないですか?。布袋社長も来ることご存じだったんですね?」
西田 「はっはっは、いわなかったか? 大勢で釣りをするのは楽しいぞ、坂口」
すると、先ほどまで船首で作業をしていた男がこちらにやってきた。
園村 「坂口さん、ごぶさたしております」
坂口 「そ、園村さん! こちらこそ、ごぶさたしております」
坂口が慌ててお辞儀をしたその男は、ホテイドリンク・システムセンター長の園村純だった。
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