今回は、IT業界におけるオフショア開発にかかわる人材の位置付けについて、日本が担う発注側と、ベトナムや中国が担当する受注側に分けてそれぞれ検証する。
今回と次回にわたり、IT産業におけるオフショア開発人材の位置付けを、オフショア開発の発注側と受注側の双方から見ていきます。
筆者が2009年の年明けを過ごした場所は、ベトナムのホーチミンでした。
ベトナムは旧暦を重視するため、以前ハノイで過ごしたときは、何となくいつもどおり過ぎていってしまった感じでした。しかし、ホーチミンは雰囲気が違い、若者が集まる場所を中心にさまざまなイベントが催され、うるさ過ぎるくらいでした。近代化が進むにつれていろいろな文化が交じりあい、発展していく過程を目の当たりにしているようです。
さて、前回の「日本企業にお勧めなのはハノイ、ホーチミンどっち?」では、ベトナムの地域ごとの違い(と中国との違いを少々)に焦点を当てて解説しました。
他国と日本との違いや、相手国自身のことをより深く知ると、前提条件がそもそも違うことに気付きます。そういった前提条件が、相手と自分のそれぞれの話の中で省略されてしまうと、意見も食い違ってきてしまいます。
例えば、(社会的影響の小さい)何らかのし好品が「品質が高いこと」「壊れないこと」「細部まで作り込まれていること」などは日本では当たり前のようになっています。しかし、先進国でも途上国でも、ほかの国ではし好品のような非クリティカルなものに完全性を追求することはあまりありません。
『オフショア開発PRESS』(オフショア開発PRESS編集部、技術評論社刊)からの一節を抜粋しますと、「品質やパフォーマンスをソフトウェアの価値の1つとするのか、もしくは前提とするのか…(中略)…『意識』を共有しておく必要がある」(19ページ)という点に表れているように、無意識に「当たり前だから」という理由でオフショア受託側に品質を求めることはできません。
また、2008年12月1日に東京で開催されたシンポジウム「オフショア開発フォーラム2008」でも、オフショア発注側である日本、受注側である中国、インド、ベトナムのそれぞれの人材のレベルアップが必要であり、また、前述のように相手のことを理解することが必要であるという単純かつ明確なメッセージが出されました。
オフショア発注側である日本のIT産業では、海外人材とうまく協業できる人材が重要になっています。それはつまり、企業としてもそのような人材を明確な意識を持って育成していくことが必要であるということです。
反対に、企業側からの視点ではなく、各現場個人の視点に注目してみるとどうでしょうか?
これからの各個人は自分がオフショア開発の担当者になることで、自身のテクニカルスキルの成長の停滞や、トラブルになる可能性の高いプロジェクトに放り込まれたという被害者意識に悩む必要はありません。
なぜなら、前述のような理由で、これからは“海外人材とうまく協業できる人材”が重要になるため、オフショア開発を担当する人材はこれからの日本のIT企業・IT産業に必要な人材であり、海外人材と協業ができることは“誇るべきスキル”として認知されていくこととなるからです。つまり、スキルアップするチャンスなのです。
想像してみてください。
海外チームに的確な指示を出し、効率的に仕事をしてもらっている自分を。現地のメンバーと技術的な話で盛り上がっている自分を。海外チームのことを把握していることから、海外チームの代表のような立場で日本の社内で振る舞う自分を(責任が伴う場合も当然ありますが)。ちょっと格好良いと思いませんか?
例えば入社4、5年目の同期社員の間でこのような場面が出てくるとします。
Aさん 「俺、最近オフショア開発の担当やっているんだ」
Bさん 「へぇ、そうなんだ。オフショア開発ってなんだか面倒くさそうだよね」
Aさん 「確かにいままでの考え方のままじゃ通用しないところもあるね。苦労も多いよ」
Bさん 「やっぱり?」
Aさん 「だけど、いままでやってきたことが正しい、ということにはならないからね。これがいいきっかけになって、日本側の悪かった部分を見つけることができているから、ずいぶん改善につながった部分があるんだよ」
Bさん 「確かにそれは日本側企業にとってもメリットがあるね」
Aさん 「それに、現地へ出張したときなんか、俺の片言で単語を連発しているだけの英語でも、現地メンバーが一生懸命こちらのいいたいことを分かってくれようとして聞いてくれるんだ。そうしているうちに、こっちももっと多くのことを伝えたいと思って、英語もちょっと覚えてきたし。だんだん、どうやったら現地のメンバーが楽しく、一緒に良いモノを作っていけるかって考えるようになってきたよ」
Bさん 「マネージャみたいな考え方を持っていて、なんだか成長しているね」
BさんはAさんと別れた後、思いました。
Bさん 「そういえば最近社員食堂でも外国人を見掛けるようになってきたし、うちのパッケージ製品も英語版を作るっていってたっけ……。いつの間にか国際化の波がそこまでやってきているのかもしれないな……。自分の部署でも、もしかしたらオフショア開発に取り組み始めるかもしれないな。今度Aにもっと詳しく聞いてみよう……」
Aさんは苦労していることを認めつつも、明らかにオフショア開発でステップアップしています。また知らず知らずのうちにAさんは、Bさんのような周りの人間にも影響を与える存在になっています。
さらに、日本企業が各社競争力を持って独自パッケージやサービスを持ち、世界展開していく流れが加速する可能性は大いにあります。その際に、オフショア開発によって外国企業、外国人エンジニアとの仕事経験を持つエンジニアの価値は高いです。
オフショア開発に取り組むことによって、現地のリソースの調達やコスト削減などの直接的メリットを享受していることもさることながら、将来の企業にとっても重要な人材も育っているのです。
将来的に、国際経営の時代に向けてオフショア開発経験や海外出張・駐在経験が、部門長や幹部社員の登用の際の判断基準の1つになる日がくるかもしれません。今後はスキルとしての体系化や認定としても整備されていくことでしょう。
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