松下 「ねぇ、何作ってんの?」
谷田 「あ、松下さん! ちょうど良いところにきた! ちょっと相談に乗ってもらえませんか?」
谷田は福山の1枚資料に手を加え、すべてが顧客に向かうイメージの図を描いてみた。
営業メンバーを示す「人」と「PDA」はイラストで示し、受注データの入力個所を強調してある。データの流れも一目で分かるレベルに簡略化したので、ポイントを直感的に理解できるようになったと自負している。
松下 「うん、いいんじゃない。いいたいことはよく分かるよ」
谷田 「本当ですか? じゃあ、早速みんなに配ります! 印刷して全員に配るのと、メールに添付して送るのとどっちがいいかしら……」
谷田の言葉に、松下は大げさに手を振ってみせた。
松下 「ダメダメ〜、そんなんじゃ!! 印刷したって書類の山に埋もれちゃうし、メールに添付したって開いてなんてくれないわよ。ウチの営業メンバーには無理やりにでも目に入るようにしとかないと絶対に見てくれないわよ。ねぇ、せっかくだからポスターにしちゃいなさいよ! 壁に貼れば嫌でも目に入るでしょ? 無視できないように、机に座ったらちょうど目に入るぐらいの位置に、でかでかと貼ってやんなさいよ!」
さすが百戦錬磨の松下は、営業メンバーのことをよく分かっている。谷田はそのアドバイスを受けて、先ほどの資料に社内スローガン「顧客満足度の向上」を追加し、掲示用ポスターとして仕上げた。
結果として紙のサイズが大きくなり、さらにデータの流れが分かりやすくなった。需要予測支援システムのリリースまで時間がない。これなら利用者教育前に、短期に部門に浸透させられるだろう。
ポスターを掲示した翌日の朝。谷田が出社すると、ポスターの前に氷室が立っていた。
氷室 「これは谷田さんが作ったの?」
谷田 「ええ、そうです」
氷室 「そうか……。僕は、正直データ入力がすごく嫌だったんだ。一生懸命入力してるのに何に使われるのか分からない入力項目もあって、『何でこんなに面倒なことさせるんだ!』って思っていた。どうせ問題ないんだろうから、まとめ入力で少しでも楽をしようと考えてたんだ」
谷田 「そうだったんですか……」
氷室 「データがどんなふうに使われるかなんて、いままで説明されたことなかったしね。でもこれを見たら、昨日谷田さんが『いままでとは違う』っていっていたことも、受注日を正確に入れるのが大事だっていうことも、分かったような気がするよ。昨日は悪かった」
谷田 「そんな! こちらこそ、ちゃんと説明できなくてすみませんでした!」
谷田は、満面の笑みを浮かべた。
その日から谷田は、遅れやまとめ入力の傾向があるメンバーには壁のポスターを示し、地道に説明を行った。
データ入力と需要予測支援システムとの因果関係が明確になったからだろうか、かなり入力データの精度が改善されてきた。そこで、入力状況の向上具合もグラフ化し、ポスターの隣に掲示するようにしたところ、メンバーのモチベーションも上がってきたようだ。
どんなに良いシステムを作っても、その効果を知る人間が育たないと効果は発揮できない。それを実感した谷田だった。
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