東芝“REGZA”「55ZX8000」が描くBD「コッポラの胡蝶の夢」の厳かな枯淡:山本浩司の「アレを観るならぜひコレで!」Vol.35(2/2 ページ)
東芝の液晶テレビ“REGZA”シリーズにLEDバックライト搭載機「ZX8000シリーズ」が登場する。6月の発売を前に、じっくりと画質をチェックする機会を得たので、さっそくリポートしよう。
アートフィルムの香気を再現できる画質
なお、東芝自慢の大規模信号処理LSI「メタブレイン・プレミアム」に仕込まれた「レゾリューションプラス」も“マーク2”に進化した。なかでも注目したいのは、1920×1080i/p入力信号に対しても、再構成処理によってよりいっそうの精細感の向上が実感できるようになったことだ。従来この超解像技術のよさが実感できたのは、主に1440×1080ピクセル解像度の地デジ放送だけだった。しかも、DVDなどのSD画質のコンテンツを含めてソース機器で1920×1080ピクセルにアップコンバートした信号については、今までレゾリューションプラスは効かなかっただけに、この進化はうれしい。
照度環境とコンテンツの特徴に合わせて、自動的に東芝技術陣が考える最適画質に合わせ込んでくれる「おまかせドンピシャ高画質プロ」も引き続き採用されている。ややこしい画像調整を強いることなく、すべてのユーザーに常に最高画質を提供できるこの機能の意義はきわめて大きいが、今回から東芝技術陣は明順応と暗順応で時間差があることに着目、明から暗に変わる場合と暗から明に変わるときで、画質変化の間合いを変えるという実にきめ細かい配慮が加えられた。
部屋のシーリングライトを落とした、ほの暗い環境で、55ZX8000でさまざまなコンテンツをチェックしてみたが、「おまかせドンピシャ高画質プロ」の効きは的確で、どんな番組を観ても間然することのない見事な映像が楽しめた。とくに素晴らしかったのが、BDの映画ソフト。なかでも強い感銘を受けたのが、「コッポラの胡蝶の夢」だった。
「コッポラの胡蝶の夢」の原作はミルチャ・エリアーデの「若さなき若さ Youth without youth」。この作品を題材にしたフランシス・フォード・コッポラ監督十年ぶりの新作は、きわめて作家性の強いアートフィルムというべき幻想奇譚であった。
舞台は、第二次世界大戦前のルーマニア。年老いた言語学者ドミニク・マティ(ティム・ロス)は、自らの一生を費やした研究が未完のまま終わることに絶望を感じ、自殺を思いつめながらブカレストの街を歩いていて雷に撃たれてしまう。奇跡的に一命をとりとめたドミニクはどんどん若返り、さまざまな奇跡に遭遇していく……というオハナシで、映画としては随所で破たんのある作品なのだが、表現の端々に七十歳になったコッポラ監督のいまだ衰えない「生」と「性」への強い執着がうかがえるところが、個人的には非常に興味深かった。
とくにHDカメラを用いて東ヨーロッパでロケ撮影された映像がじつに素晴らしい。あめ色に輝く建造物には歴史の重みを感じさせるし、色温度の低い暗うつな曇天に第二次世界大戦下の東ヨーロッパの憂うつをうかがい知ることができる。
撮影監督は、コッポラがルーマニアで見つけてきたというミハイ・マラメイアJr。ラズロ・コヴァックス(「イージー・ライダー」)やヴィルモス・スィグモンド(「未知との遭遇」)の例を引き出すまでもなく。東欧には優れた資質を持つシネマトグラファーを生み出す土壌があるのだろう。本作でのパンフォーカス、ダブルフォーカスを駆使したミハイ・マラメイアJrの映像設計はじつに見事で、彼の助けなくしてコッポラ監督は瑞々しい感覚をここまで本作に投影できなかったのではないかと思える。
55ZX8000は、この映画のアートフィルムとしての香気を見事によみがえらせてくれ、圧倒される思いでぼくは画面を注視し続けることになった。よく沈む黒、安定したホワイトバランス、鮮やかさと深みを感じさせる色が、映画を観る喜びを倍加させてくれることに改めて思いを深くした。墨痕鮮やかな黒に澄明な色が溶け合い、老境を迎えたコッポラ監督の“厳かな枯淡”ともいうべきマジカルな映像美を堪能したのである。これはもはやマスターモニターに迫り得る表現力といってもいいのではないか。
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