世界で通用する4K/HDRドラマに、NHK「精霊の守り人」の挑戦――「mipTV2016」レポート(後編):麻倉怜士の「デジタル閻魔帳」(3/3 ページ)
4K/8Kと並び、次世代の映像技術として注目を集めているHDR(ハイダイナミックレンジ)。映像業界のご意見番・麻倉怜士氏のmipTVリポート後編は、NHKが“世界で売れる4K”を目指して製作した「精霊の守り人」の話題を中心に世界のHDR動向を見ていこう。
パリの音楽専門プロダクションが4Kにチャレンジ
麻倉氏:4K/HDRに関して、もう1つ面白い話題を紹介しましょう。パリのパラマックスという音楽専門プロダクションが、パリで行われたオケとエレクトロニカ(電子音楽や打ち込み音楽、クラブミュージックを指すジャンル)の融合や、イスラエルの(サソリが大変な)砂漠で「トスカ」を6台のカメラを使って収録したりしています。ここが4Kに力を入れているのですが、なかなか面白い切り口のユニークなプロダクションですね。
パリの音楽専門プロダクションであるパラマックスが企画した、プッチーニのオペラ「トスカ」の映像。上演場所はなぜかサソリ対策が大変なイスラエルの砂漠地帯。パラマックスはこういった意欲的な企画を次々と発表している
麻倉氏:今回はイスラエル・フィル(IPO)を招いての制作で、SDRとHDRの比較をしました。曲はチャイコフスキーのピアノコンチェルトです。チャイコフスキーコンクールで優勝したダニール・トリフォノフを迎えての演奏でしたが、このピアノがとんでもなくうまいんですよ。ピチカートとフルートソロから始まる2楽章はとてもゆったりしたメロディが続きますが、ここに音楽の振幅があって素晴らしいですね。肝心の画質に関しては、4Kならではの情報性や解像感、グラデーション感が良く出ていました。コントラスト的には黒を少々浮かせて白を立てないという、アッサリめの大人しいものです。
これに対してもう1つ、ジョージア(旧称:グルジア)出身の女流ピアニストであるカティア・ブニアティシヴィリとズービン・メータのコンビも披露されました。こちらはトリフォノフと打って変わって、もの凄くハイコントラストな画です。黒がとても締まっていて沈み込み、白のピークも伸びていてレンジが広かったですね。それだけでなく色が濃いというのが特筆点です。トリフォノフはレンジが若干狭めで薄味ですが、こちらは4K/HDRによるハイコントラストの色の強さがあり、画調が違うことで音の印象がガラリと変わりました。トリフォノフのハイテクニックもさることながら、ブニアティシヴィリのベートーヴェン第1コンチェルトは音がきらびやかな感じになり、キラキラ輝いて宙を舞うイメージでした。
同じくパラマックスが企画し、ズービン・メータ、イスラエル・フィルと共演をしたダニール・トリフォノフ(写真=上)とカティア・ブニアティシヴィリ(写真=下)。画像で分かる通り、トリフォノフの色はあっさり目の冷静なもので、ブニアティシヴィリは濃い目のこってり系だ。音楽映像においては、こういった〈音楽外〉の要素も音楽の印象を大きく支配するファクターとなる
――ブニアティシヴィリさんについて、ちょっと気になったのでネットで検索をかけてみたところ、ラフマニノフ2番の動画を見つけました。いやもう実に自由奔放な演奏で、思わず笑ってしまいましたよ。粗いと感じる部分も少なくないですが、あのロマンティシズムは若き日のマルタ・アルゲリッチさんに通じるものを感じましたね
麻倉氏:クラシック映像においてHDRは使い方次第で音の印象を大きく変える、ということを今回感じました。音に色が乗ってくるというか、音色の彩度感が上がるというか、そういうところがあるというのが比較をするとよく分かります。ここから言えるのは、HDRは単なる映像のエンハンスメントにとどまらず、コンテンツそのものを左右するということでしょう。劇におけるドラマツルギー(作劇論・演出法)や音楽における表情などを大きく変えるアーティスティックな効果があるということが、これを観てよく分かりました。
――技術が芸術に新たな解釈を与える可能性があるというのが、とても面白いです。観客はもちろん、“撮られた自分”を観た役者や演奏家が、自分でさえも気付かなかったものを発見することがあればと考えると、技術と文化の結び付きがより深化する可能性を秘めていると想像しちゃいます。やっぱり最新テクノロジーって楽しいですね
麻倉怜士氏プロフィール
1950年生まれ。1973年横浜市立大学卒業。日本経済新聞社、プレジデント社(雑誌「プレジデント」副編集長、雑誌「ノートブックパソコン研究」編集長)を経て、1991年にデジタルメディア評論家として独立。現在は評論のほかに、映像・ディスプレイ関係者がホットな情報を交わす「日本画質学会」にて副会長を任され、さらに津田塾大学と早稲田大学エクステンションセンターの講師(音楽史、音楽理論)まで務めるという“4足のワラジ”生活の中、音楽、オーディオ、ビジュアル、メディアの本質を追求しながら、精力的に活動している。
天野透氏(聞き手、筆者)プロフィール
神戸出身の若手ライター。「デジタル閻魔帳」を連載開始以来愛読し続けた結果、遂には麻倉怜士氏の弟子になった。得意ジャンルはオーディオ・ビジュアルにかかる技術と文化の融合。「高度な社会に物語は不可欠である」という信念のもと、技術面と文化面の双方から考察を試みる。何事も徹底的に味わい尽くしたい、凝り性な人間。
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