もしサイバー戦争が起きたら……「核の傘」ならぬ“デジタルアンブレラ”に?藤田正美の時事日想

» 2009年06月01日 07時34分 公開
[藤田正美,Business Media 誠]

著者プロフィール:藤田正美

「ニューズウィーク日本版」元編集長。東京大学経済学部卒業後、「週刊東洋経済」の記者・編集者として14年間の経験を積む。1985年に「よりグローバルな視点」を求めて「ニューズウィーク日本版」創刊プロジェクトに参加。1994年〜2000年に同誌編集長、2001年〜2004年3月に同誌編集主幹を勤める。2004年4月からはフリーランスとして、インターネットを中心にコラムを執筆するほか、テレビにコメンテーターとして出演。ブログ「藤田正美の世の中まるごと“Observer”


 米国のオバマ大統領。5月29日に米国のサイバーインフラを守るという声明を発表した。この中で「わが国の防衛・軍事ネットワークは常に攻撃を仕掛けられている」「アルカイダなどのテロリスト・グループは、これまでもサイバー攻撃を仕掛けたいと口にしてきた。こうした攻撃は探知するのも防ぐのもより難しい」「これからはわれわれが日常的に依存しているコンピュータやネットワークは、戦略的国家資産という本来あるべき姿で扱われることになる」などとした。

 もっとも「サイバー戦争」といってもその定義ははっきりしていない。ある国家が意図をもって他国のネットワークに対して攻撃を仕掛けるといっても、物理的な戦力による攻撃がなければ、いわゆるハッカーのいたずらと表面的には区別がつかない。

大混乱に陥ることは必至

 これまで「サイバー戦争」として有名な事件は、エストニアとグルジアに対するロシアからの攻撃だ(関連記事)。エストニアは2007年のことだ。当時、エストニアはロシアとエネルギー問題でもめていた。そのエストニアに対してロシア国内からサイバー攻撃がかけられ、結果的にエストニアで緊急電話がかかりにくくなったというのである。

 また昨年夏のグルジアのケースでは、軍による攻撃が始まる前に、やはり偽のデマンドが大量にグルジア政府、英国や米国の大使館に送りつけられた。こうした攻撃に必要なソフトは、ロシアのナショナリストのサイトに行けば、簡単に手に入るのだという。そしてご丁寧に標的のアドレスも記されていた。エストニアでは実害が発生したが、グルジアではすでにグルジア軍も動き出していたために実際には問題は生じなかった。

 もっともエストニアのケースにしろ、グルジアのケースにしろ、標的となった政府サイトなどに大量にリクエストを要求するように仕掛けた連中の背後に、ロシア政府がいたのかどうかはよく分からない。いたという証拠もないが、ロシア政府が彼らを摘発しようとした証拠もない。

 しかしもしこうしたサイバー攻撃がより高度化し、政府の機能がマヒするようなことになれば、緊急事態に即応できなくなる可能性が大きくなる。オバマ大統領の心配もそこにある。それに専門家の間では、将来の戦争は、実際の軍隊が動くよりもサイバースペースで始まるという説もある。発電所や航空管制、コミュニケーション、金融機関などにインターネットを通じて攻撃が仕掛けられたら、大混乱に陥ることは目に見えている。

「核の傘」ならぬ「デジタル・アンブレラ」

 こうしたことが実際に起きたわけではないが、起きることを心配する理由はある。外国の新聞だったか雑誌だったかで、「デジタルパールハーバー」という言葉を見たことがある。要するにサイバースペースで不意打ちを食うという意味だが、これによって国家のインフラが止まったら、パールハーバーよりよほど打撃が大きい。

 エストニアがロシア国内から攻撃を受けたとき、最も関心を示したのはNATO(北大西洋条約機構)だった。バルト3国の1つエストニアは、ロシアから離れてNATOに加わった。もしサイバー攻撃が「戦争行為」であると定義するならば、エストニアに対する「デジタル戦争」に反撃する義務がNATOメンバー諸国にはある(集団的自衛権の発動)。

 日本政府のWebサイトが中国のハッカーに改ざんされるという事件が起きたこともある。このごろではそういった話はあまり聞かないが、それでも政府や企業のネットワークに侵入しようという試みは日常的にあるだろうと想像する。

 それに対して日本政府が通常の対策以上の対策を取っているのかどうか。米国のオバマ政権は、各省庁の「なわばり争い」に決着をつけるべく、ホワイトハウスの中に対策を調整する部署を置くことにした。もし日本がサイバー攻撃を仕掛けられたら、きっと日米安保条約の下で米国の「集団的自衛権」が発動されるのだろう。「核の傘」ならぬ“デジタルアンブレラ”というわけである。

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