ハイボールがウイスキー以外でもOKだと困るのはサントリーだ。劇的大ヒットを遂げたハイボール。サントリーの缶入り「角瓶ハイボール」も売れている。飲み屋でもすっかり定着した。しかし、そのヒットもいつまでも続くわけではない。「次は何だろうねぇ?」と呑みの席でも噂されるようになっている。
サントリーの狙いは、とにかくウイスキー本体につなげることだ。2010年1月6日付日経産業新聞のインタビュー記事の中で、サントリー酒類の相場康則社長は、「今年はウイスキーにとって勝負の年。ハイボールで若者の関心をウイスキーに向けることができたので、今年はロックなど別の飲み方や『山崎』などの高級品も手に取ってもらえるようさらに販促活動に力を入れる」と話している。
サントリーにとって、ハイボールは「ウイスキーの炭酸割り」でなければならない。「スピリッツなら何でもいい」なら、今まで発信してきたメッセージと矛盾を起こす。これは、キリンが仕掛けた「理論の自縛化」の罠ではないか。リーダーが訴求してきたことと別の方向性を打ち出して、手出しができないようにすることを「理論の自縛化」という。同じアルコール飲料で言えば、今までビールの「コクや旨み」を訴求してきたキリンビールが、アサヒスーパードライの「ビールはキレ」という新たな価値観を打ち出されても、それに追随して同質化できなかったのが過去の例としてあげられる。
さらに、「ハイボール」の定義自体が広がり、豊富なバリエーション展開によって、さらにヒットする可能性があったとしても、サントリーは豊富な自社のウイスキーブランドにつなげなければ意味がない。むしろ、せっかくウイスキーに目が向きかけた消費者の視線をスポイルしてしまう。リーダー企業が強みとしてきた製品と共食い関係にあるような製品を出すことによって、リーダー企業に不協和を起こさせる「事業の共食い化」をキリンが仕掛けたとも解釈できる。
もちろん筆者の解釈は推測なので、両者は同じ土俵では戦っておらず、すみ分けているという意見もあることだろう。ただ、企業規模としては勝るキリン、ウイスキー市場ではリーダーのサントリー、両社は市場定義ごとに攻守ところを変えて激しい戦いを繰り広げているのは確かだ。
キリンとサントリーの合併破談が伝えられたばかりだが、全く別の世界、時間軸で「世界のハイボール」は企画され、上市され販促も強化されている。経営統合という最上位の意志決定と遠い現場では、日々、淡々と、しかし火花を散らして戦いが展開されている。
東洋大学経営法学科卒。大手コールセンターに入社。本当の「顧客の生の声」に触れ、マーケティング・コミュニケーションの世界に魅了されてこの道 18年。コンサルティング事務所、大手広告代理店ダイレクトマーケティング関連会社を経て、2005年独立起業。青山学院大学経済学部非常勤講師としてベンチャー・マーケティング論も担当。
共著書「CS経営のための電話活用術」(誠文堂新光社)「思考停止企業」(ダイヤモンド社)。
「日経BizPlus」などのウェブサイト・「販促会議」など雑誌への連載、講演・各メディアへの出演多数。一貫してマーケティングにおける「顧客視点」の重要性を説く。
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