“細胞まで生かせる”冷凍技術、CASの秘密に迫ってきた郷好文の“うふふ”マーケティング(2/3 ページ)

» 2010年12月09日 08時00分 公開
[郷好文,Business Media 誠]

一流料亭も採用するCASとは

 アビーが開発したCASとは、食品の急速冷凍保存で起きる水分分離や細胞組織の破壊を防ぎ、冷凍臭や食感の悪さ、風味やうまみの消失などの問題を解決し、解凍時に生の風味が蘇る技術。発明大賞を取り、テレビにも取り上げられるCASだが単なる“冷凍技術”ではない。

 試験用の磁石を持たされて、CAS装置の中に手を入れると細かな振動が伝わってきた。その“揺れ”は磁石の内部から発振されている。ただ冷やすだけではなく、磁力でも揺らすのだ(人体への影響はないという検査結果あり)。

 「CASは8つのエネルギーの総合技術です。急速凍結はその1つにすぎません」

8つのエネルギーの総合技術というCAS装置

 アビー社長の大和田哲男(おおわだ・のりお)さんが言う。特許を取得した急速冷凍による水分子の凍結解凍技術、さらに磁場、電場、音波など7つのエネルギーで酸化抑制やうまみ保持、素材活性を行い、細胞組織の破壊を抑える。

 「冷凍だけではダメです。その証拠に一流の料理人は冷凍食品を使わないでしょう。でも、CASの食材は老舗の料亭でも採用され、フレンチやイタリアンなどの一流料理店で導入されています」

 100年の歴史を誇る「世界料理オリンピック」の2008年大会では、CASを使った素材の料理でドイツチームが銅メダルを受賞した。昨年から始めた大丸のおせちは今年も大好評で、すでにCASのセットは完売御礼の札も出ている。いまやCAS技術は22カ国で使われているという。

食べ物だけでないCASの展開

 大和田さんは1966年に菓子製造機械を作る大和田製作所に入社。1975年にCASの起源となる生クリーム凍結機を開発した。しかし、フランスで「料理には使えない」と言われて発奮。四半世紀かけて実用システムの開発に成功した。2008年には米Forbes誌で、1920年代に急速凍結を発明したクラレンス・バーズアイ氏と比較され“ミスター・フリーズ”と書かれた。

 CAS技術は食品冷凍だけでなく、医療用の保存技術としても注目されてきた。臓器移植や再生医療への応用では“歯の銀行”(抜歯した親知らずを凍結して将来本人に戻す)が稼働中。さらに豚舎や牛舎にCAS装置を置くだけで「肉がうまくなる」実験や、型枠コンクリート製品がCASで強度を増す開発も行っている。

 「技術は完成した時点でゴミ箱行き。『今日の完成、明日の未完成』と言っています。なぜかと言うと、地球温暖化で食品の保存技術が変わっているからです」

 今年の猛暑でへばったのは人間だけではない。農作物も魚もかなりへばった。そのため、食品保存に注目が集まったのだ。

 猛暑で柑橘類は甘味が増したが、収穫量は減少した。青森県では日焼けして出荷できないりんごが出現した。クリは枝から落下して、中身が腐っていた。キャベツやハクサイは結球せずに高価格据え置き。極北の海で南海魚がとれる異変が起き、12月でも水温が高くて不漁続きだ。

 「CASならおいしい収穫年の果実や野菜やお米を、うまみそのままに長期保存できます。CASは“前に進むタイムマシン”なんですよ」

 CASで賞味期限をなくし、出荷期限をなくす。すると農業も漁業も活性化する。農林水産省によると、日本の農業就業人口は過去5年で22%減少、平均年齢は65.8歳。漁業就業人口は21万人、過去10年で2割減少。このままでは産業自体が消滅しかねないし、不安定な食糧供給で国民が飢える。一次産業を収益ビジネスにできれば、特産フルーツや高級魚を相場を見ながら出荷調整できる。

 「保存技術で日本の一次産業を輸出産業として活性化しよう」

 農業収入を1人当たり500万円にして若年層の雇用を増やし、輸出産業として盛り返す。これが大和田さんの夢である。

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