『ONE PIECE』とゲーミフィケーションの関係遠藤諭の「コンテンツ消費とデジタル」論(2/2 ページ)

» 2011年09月28日 07時55分 公開
[遠藤 諭,アスキー総合研究所]
アスキー総研
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リアル化する「麦わらの一味」

 「ゲーミフィケーション」(Gamification)という言葉があるのをご存じだろうか? ここ1年ほどの間に、少しずつ耳にするようになってきた言葉だが、これの最もシンプルな定義は、「ゲームで培われてきた手法を、非ゲーム系のアプリケーションやサービスに活用する」という意味になる。

 「ゲームの手法を活用するだって?」と、ゲーム産業を盛り上げてきた日本のゲームクリエイターは言うかもしれない。実は、わたしも「ゲーム」で釣って子供に勉強させるようなカラクリだったら興味ないなと思っていた。ところが、これがちょっと違うのだ。ゲーミフィケーションとは何かと聞かれたら、わたしは「TED」(“ideas worth spreading”を掲げて開催される、学術・エンターテインメントなど幅広い分野にわたるカンファレンス)で行われた2つのプレゼンを比較して見るのがよいと答えている。

 セス・プリーバッチという人は「世界を覆うゲームレイヤを作る」(参照リンク)というプレゼンで、「ソーシャルメディア」の次にさまざまなサービスを動かすメカニズムになるのが「ゲーミフィケーション」だと主張している。

TEDでのセス・プリーバッチのプレゼンテーション。TEDのWebサイト(http://www.ted.com/)で、日本語の字幕付きで公開されている

 ソーシャルメディアはいま、写真やストリーミングの共有でも、ニュースやビジネス上のコンタクトについても、非常に効果的なしくみとして機能してきている。

 彼の言葉を借りれば、「レイヤー」としてサービス設計の中で機能していくことが重要だという。ちょうど、ソーシャルメディアなら「フォロー」とか「タイムライン」とか「メッセージ」などの機能にあたるものだろう。プリーバッチは、「アポイントメント」(決まった時間に決まった場所に行くといったルール)、「ステータス」(Forsquareのバッチのような、その人がやったことの成果を示すこと)、「共同発見」(文字どおり仲間と一緒に何かを見つけるしくみ)などを挙げている。

 もう1つ、より興味深く思えるのが、ジェーン・マクゴニガルという女性ゲームクリエイターによるプレゼンテーション「ゲームはよりよい世界を作ることができる」(参照リンク)だ。人類が次の100年を生き長らえるには、途方もない努力が必要になる。ところが、人々は全世界で、ゲームをプレイするために膨大なエネルギーを費やしている。ゲーム文化の強い国において、平均的な若者は、21歳までにオンライゲームを1万時間もプレイするそうだ。だったら、そのゲームパワーというヤツを使いましょうという内容である。

TEDでのジェーン・マクゴニガルのプレゼンテーション

 なんとなく、ジョークっぽいところもあるのだが、あくまでポジティブかつシリアスに考えている。マクゴニガルの主張は、実装方法に関する議論もさることながら、いかにゲームという魔法が、人々のモチベーションや能力や協調性までをも向上させられるかといったことに力点が置かれていると思う。

 面白いのは、プリーバッチもマクゴニガルも、ゲームの強力さを示す例として「World of Warcraft」というオンラインゲームをあげていることだ。世界中でみんなが作っている百科事典「ウィキペディア」に次ぐ大きさの「ウィキ」(オンライン上の知識を共有する文書形態)は、このゲームに関してのウィキ(WoW Wiki)なのだそうだ。つまり、それだけ大きい「もう1つの世界」が、ゲームの中に事実として存在している。

 World of Warcraftというゲームの中では、プレイヤーは、バーチャルなもう1人の自分として活動する。このゲームの中では、人々はあらゆる労力も時間も惜しまず、いきいきと自分のミッションをこなしている! ちょっとした労働と遊びの理想社会が、そこにあるわけなのだ。

 この種のMMORPG(多人数同時参加型オンラインRPG)といわれるゲームの特徴として、ゲーム上で結成して一緒に活動する「ギルド」という集団の存在がある。認め合った仲間と協力して同じ目的のために戦う時間は、さぞ充実していることだろう。『ONE PIECE』という作品のことを考えていたら、どうしてもこの「ギルド」のことを連想してしまったのだ。人々は、大きな目的のために、協力して戦いたいという欲求をいま抱いているのだと思う。

 目の前には大きな問題がいくらでも横たわっているし、世界中では戦争や紛争も絶え間なく起きている。それらに対して、適切な取り組み方をつかめていないからだとも思えるが。

 ゲーミフィケーションを実現する手法には、いろいろなパターンがある。最近のニュースでは、ヒト免疫不全ウイルス(HIV)様ウイルスの酵素の構造を解析が、「Foldit」(フォールドイット)というオンラインゲームとそのプレイヤーによって行われた(AFPBB News「ゲーム愛好者らが酵素の構造を解析、米研究」)。長年にわたって科学者たちを悩ませ、コンピュータープログラムでは解けなかった問題が、ゲーマーたちによって解かれてしまったのだ。

 2011年10月20〜22日に開催される「デジタルコンテンツ・エキスポ 2011」の主催者プログラム「ConTEX」で、このゲーミフィケーションやパーソナル・ファブリケーションに関するシンポジウムが行われる。私は、モデレーターをつとめさせてもらうのだが、チームラボの猪子寿之氏、IAMAS准教授の小林茂氏、慶應義塾大学准教授の田中浩也氏という強力な面々が登壇。詳しくは、『「ソーシャルコンテンツ」大爆発 〜パーソナル・ファブリケーションからゲーミフィケーションまで〜』(参照リンク)をご覧いただきたい。【遠藤諭、アスキー総合研究所】

ゴムゴムの銃

遠藤 諭(えんどう さとし)

ソーシャルネイティブの時代 『ソーシャルネイティブの時代』アスキー新書および電子書籍版

 1956年、新潟県長岡市生まれ。株式会社アスキー・メディアワークス アスキー総合研究所 所長。1985年アスキー入社、1990年『月刊アスキー』編集長、同誌編集人などを経て、2008年より現職。著書に、『ソーシャルネイティブの時代』(アスキー新書および電子書籍版)、『日本人がコンピュータを作った! 』、ITが経済に与える影響について述べた『ジェネラルパーパス・テクノロジー』(野口悠紀雄氏との共著)など。各種の委員、審査員も務めるほか、2008年4月より東京MXテレビ「東京ITニュース」にコメンテーターとして出演中。

 コンピュータ業界で長く仕事をしているが、ミリオンセラーとなった『マーフィーの法則』の編集を手がけるなど、カルチャー全般に向けた視野を持つ。アスキー入社前の1982年には、『東京おとなクラブ』を創刊。岡崎京子、吾妻ひでお、中森明夫、石丸元章、米澤嘉博の各氏が参加、執筆している。「おたく」という言葉は、1983年頃に、東京おとなクラブの内部で使われ始めたものである。


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