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» 2012年02月23日 08時00分 公開

大病院ほどいい医者が多い――そう思っていませんか?大往生したけりゃ医療とかかわるな(2)(3/4 ページ)

[中村仁一,Business Media 誠]

(9)医者はプロだから、自分に一番いい治療法を教えてくれるはず

 たしかに、プロとして自分が最善と信じる治療法を勧めるでしょう。しかし、現在、治療法が一つとは限らなくなっています。

 例えば、がんの場合、手術療法、放射線療法、化学療法とありますが、外科医なら、切りたいから外科医をやっているわけでしょうから、当然、最善として手術を勧めるはず。肉屋の大将が肉を買いに来た客に向かって「この季節、魚もおいしいですよ」とはいわないでしょう。同様に、「放射線治療もいいかもしれない」などとは口にしないと思われます。紹介状を書いてもらい、放射線科医の意見も聞き、それぞれの長所、短所をはっきりさせる必要があります。さらに、できれば、他の放射線科医や外科医の考えも聞いた方がいいでしょう。

 なぜなら、一度切り取られたり、放射線で大ヤケドを負わされた臓器は、二度と元の姿には戻らないからです。最終決断は、慎重のうえにも慎重を期した方がいいと思います。

 ただ、この時、同じ大学の医局出身者は避けるように。なぜなら、世話になった先輩の考えに異を唱える後輩というのは考えにくいですから。

 例えば、玄関の扉の鍵が壊れた場合、鍵だけを取り替えてほしいとしましょう。それに対して、古くなっているので扉ごと替えなくてはいけない、あるいは玄関ごとつくり替えなくてはダメだといわれるかもしれません。そんな時、ふつう、プロだからといってセールスマンのいいなりにはならないはずです。ましてや、自分のいのちがかかっている時に、他人任せにするなど、もっての外というべきではないでしょうか。

 医療は、本来、針を突き立てたり、切ったりはつったりする傷害行為や、撫でたり揉んだり、妙なところへ指を突っ込んだりする強制ワイセツ行為を伴うものです。それが許される(違法性の阻却)のは、目的が診断、治療にあり、患者が理解し、納得し、同意しているからです。だから、苦しさも辛さも恥ずかしさも耐えられるのです。目的がはずれ、“趣味”にあったりすれば、いくら医師免許があっても、手が後ろに回ることになるでしょう。

 人はそれぞれ生き方が違い、価値観が異なります。したがって、よく内容を理解し納得したうえで、自分の生き方に照らして選択すればいいのです。医療者の考える最善と患者のそれとが喰い違うのは、当然ありうるでしょう。万一、後遺症が出た場合、それを抱えて生きるのは患者なのですから。

 したがって、医療者は自分の考えを押しつけて脅すのではなく、それが次善と思われても、患者の希望の範囲内での最善をプロとして尽くせばいいことになるはずです。

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