香り付け専用柔軟剤に見る、P&Gの“引き算戦略”それゆけ! カナモリさん(2/2 ページ)

» 2012年07月11日 08時00分 公開
[金森努,GLOBIS.JP]
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付随機能を中核価値にすることで、他社製品との共存が可能に

 成熟市場で製品の価値構造を変化させている例としては、カラオケボックスが挙げられる。業界1位のシダックスでは、カラオケボックスの中核価値である「歌を歌う」という要素を廃し、さらにそれを実現する実体価値であるカラオケマシンまでスポイルさせて、「歌わないカラオケルームの使用法」を提唱している。

 用いるのは実体価値の「個室・防音」という要素と、付随機能の「飲み物の給仕」のほう。つまり、カラオケボックスの会議室利用を推奨しているのである。一般の貸し会議室より料金が安価であることから、特に日中は人気を博しているという。価値構造の中核と実体の一部を引き算して新たな価値創造を行ったのである。

 「レノアハピネス アロマジュエル」は従来の柔軟仕上げ剤の価値構造を変化させ、中核価値はおろか、実体価値も全て捨て去り、カテゴリーの枠を飛び出した徹底した引き算戦略を実行したのである。

 実はP&Gは2009年にも引き算戦略の商品を上市している。衣類用洗剤の「さらさ」である。同商品は逆に、中核価値である「衣類の汚れを落とす」ことに徹底的にフォーカスし、実体価値の「より白くする」という機能は引き算した。つまり、漂白剤や蛍光剤成分を取り除いた商品として製品化し、「洗剤の余計な成分が気になる」という層をターゲットとしたのである。

 さて、「レノアハピネス アロマジュエル」の引き算戦略の真価はどのように現れるのか。それは、P&Gの売り上げの総和を「+α」することにほかならない。

 P&Gによると「レノアハピネス アロマジュエル」は、「使用量によって好みの香りの強さを実現できる」ほか、「ほかの柔軟仕上げ剤と組み合わせて好みの香りを作れる」という。ここで言う「ほかの柔軟仕上げ剤」は自社の製品に限らない。競合他社の商品との組み合わせも当然OKだ。

 P&Gは柔軟仕上げ剤のシェア1位ではない。そして、トップから1位を奪取することは容易ではない。だが、徹底して引き算を行って価値構造を変化させた結果、柔軟仕上げ剤というカテゴリーの商品ではなくなった「レノアハピネス アロマジュエル」は、他社商品と共生できる無敵の存在となったのだ。

 「顧客はドリルが欲しいのではない、穴を開けたいのだ」とは、顧客ニーズの本質についてセオドア・レビットが著した有名な言葉だ。

 「顧客はふかふかだけが欲しいのではない、良い香りが欲しいのだ」。消費者のニーズは刻一刻と変化している。それを見極め、価値構造を変化させ、大胆な引き算を展開したP&Gの勇気が大ヒットにつながったのだと言えるだろう。

金森努(かなもり・つとむ)

東洋大学経営法学科卒。大手コールセンターに入社。本当の「顧客の生の声」に触れ、マーケティング・コミュニケーションの世界に魅了されてこの道 18年。コンサルティング事務所、大手広告代理店ダイレクトマーケティング関連会社を経て、2005年独立起業。青山学院大学経済学部非常勤講師としてベンチャー・マーケティング論も担当。

共著書「CS経営のための電話活用術」(誠文堂新光社)「思考停止企業」(ダイヤモンド社)。「日経BizPlus」などのウェブサイト・「販促会議」など雑誌への連載、講演・各メディアへの出演多数。一貫してマーケティングにおける「顧客視点」の重要性を説く。Facebookでもいろいろ発言しています。


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