大人たちよ「子どもに旅をさせよう」――何かを手にするはずだ杉山淳一の時事日想(1/4 ページ)

» 2012年08月24日 08時01分 公開
[杉山淳一,Business Media 誠]

杉山淳一(すぎやま・じゅんいち)

1967年東京都生まれ。信州大学経済学部卒。1989年アスキー入社、パソコン雑誌・ゲーム雑誌の広告営業を担当。1996年にフリーライターとなる。PCゲーム、PCのカタログ、フリーソフトウェア、鉄道趣味、ファストフード分野で活動中。信州大学大学院工学系研究科博士前期課程修了。2008年より工学院大学情報学部情報デザイン学科非常勤講師。著書として『知れば知るほど面白い鉄道雑学157』『A列車で行こう9 公式ガイドブック』など。公式サイト「OFFICE THREE TREES」ブログ:「すぎやまの日々」「汽車旅のしおり」、Twitterアカウント:@Skywave_JP、誠Styleで「杉山淳一の +R Style」を連載している。


 私が10代の頃は、SLブームが過ぎ去り、ブルートレインブームで盛り上がっていた。その一方で国鉄は、赤字ローカル線の廃止に着手していた。そうした時代だったので、学校が休みのときには周遊券を持って、ローカル線に出かける鉄道少年が多かった。

 旅先で友だちができた、という人も多かったのではないだろうか。携帯電話もメールもTwitterもない時代なので、その付き合いは長続きしなかったかもしれない。それでも夏休みのローカル線には旅する少年がたくさんいたのだ。

 最近はスタンプラリーを楽しむ子どもはよく見かけるが(関連記事)、「旅する少年」を目にする機会が少ない。私が混雑を避けて、平日を選んでいるせいかもしれない。でも、夏休みや冬休みにも見かけない。今どきの子どもたちは勉強や部活動に縛られているからだろうか。余暇はゲームばかりしているのだろうか。

子どもに旅をさせたいお父さんと出会う

 そんなことを常々思っていたら、先日「SLみなかみ」で、私の向かいに小学生の男の子が1人で乗ってきた。正確には、お父さんに連れられて乗ってきた。そのとき私は、自分の周りにいた家族連れが降りてしまったので、ボックス席をゆったりと使っていた。そのひとつが彼の席だった。私は荷物を片付けて彼らに席を返した。するとお父さんは私にあいさつしたのち「よろしくお願いします」と言って降りてしまった。

 自分が乗ろうとした席に、中年の見知らぬオッサンが乗っていた。少年にとっては不安だったに違いない。お詫びに飴玉をひとつ渡して「1人で乗ってくんだね」と聞いてみた。その少年は「うん」とうなずき、「お父さんはクルマです」という。なるほど、お父さんはクルマで先回りして、彼が降りる駅で待っているんだ。私はすぐに納得した。

 この少年は鉄道が好きなんだ。そして、お父さんは息子にちょっとだけ一人旅をさせたい、冒険をさせたいんだ。さっきお父さんと目を合わせたとき、何か意図があった感じだった。「ほんとは私も乗って行きたいんですよ」という顔をしていた。「子どもが鉄道好きだけど、私は付き合っていられない」という表情ではなかった。何かに期待して子どもを送り出す、そんな父親の顔だった。

 少年は小さなデジカメを持っていて、窓の外に流れていく煙を追っていた。じっとおとなしく席に座っている。私はさっき飴をあげた以外は構わなかった。何か言われたり、困っていそうだったら手助けしようと思いつつ、自分も旅人として景色を楽しんだ。それが一人旅同士の距離感だから。きっとあのお父さんも、私にそんな役割を期待したに違いない。いいお父さんだなあ、と思った。

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