グロービスで受講生に愛のムチをふるうマーケティング講師、金森努氏が森羅万象を切るコラム。街歩きや膨大な数の雑誌、書籍などから発掘したニュースを、経営理論と豊富な引き出しでひも解き、人情と感性で味付けする。そんな“金森ワールド”をご堪能下さい。
※本記事は、GLOBIS.JPにおいて、2013年3月29日に掲載されたものです。金森氏の最新の記事はGLOBIS.JPで読むことができます。
不振のビール市場で、サントリー「ザ・プレミアム・モルツ」が気を吐き続けている。2012年ビール類総市場の伸長率が対前年比99%と前年割れを見せた中、ザ・プレミアム・モルツは110%の2けた増――。好調のワケをサントリー酒類 ビール事業部プレミアム戦略部の安達考俊課長に聞いた。
サントリー「ザ・プレミアム・モルツ」の歴史は意外に古く、前身となる「モルツ・スーパープレミアム」を出した1989年に遡る。モルツ・スーパープレミアムは「知る人ぞ知るビール」として東京・多摩地区のみでスタートし、約10年間、限定販売として温められた後、全国販売に至った。しかし、モルツ・スーパープレミアムの販売実績は当初、想定通りには伸びなかったという。とは言え、赤字続きのサントリー・ビール事業において、大きな投資を伴って立ち上げた新ブランドを潰すわけにはいかない。
思考錯誤が繰り返される中、2005年、転機が訪れた。2003年に「ザ・プレミアム・モルツ」(以下、プレモル)に商品名を改め、2005年、ベルギーに本拠を置く国際的な品質評価機関モンドセレクションに出展したところ、ビール部門で日本勢初の「最高金賞」を受賞したのである。2007年まで3年連続で同賞を獲得し続けた実績は、広告戦略にも存分に活かされ、プレモルは衆目とともに一気にブレイクする。
その後も堅調な伸びを示す中、事業部はしかし、2011年に大きな決断を下す。「味とパッケージを変更する」。
もともと、「3年連続モンドセレクション最高金賞受賞」を看板に実績を上げてきた商品。味に手を加えるということは、しかし、その文言を広告宣伝やパッケージから降ろして戦っていくことを意味する。また、新しい味が既存ファン層に受け入れられなければ離反を招き、逆に売り上げ減を招く可能性もある。
ビール類に限らず、多くの飲料は、こうした既存ファン層の離反リスクを避けるため、ブランドの本体の商品には手を加えず、ブランドエクステンション、即ち、派生商品の発売を行うのが常だ。しかし、プレモルはあえて、リスクを取った。
「もっと行けるはず。まだプロダクトライフサイクルは成熟期ではなく成長期の入口であり、余地はあるはずとの想いがあった」と、サントリー酒類 ビール事業部プレミアム戦略部の安達考俊課長は振り返る。「もっと多くの人に手に取って飲んでもらいたい」という社内の想い。それは「サントリーのビール事業のフラッグシップブランドであり元気の素であるプレモルでやらなければという全社一丸のコンセンサスがあった」(安達氏)と言う。
もっと大きなパイが存在するはず、という確信は、「完全な二極化が進んでいた」という市場の環境変化にもあった。ビール類総市場自体は2000年代以降伸びていない。同市場は1人あたりGDPと連動しているといわれているが、バブル崩壊以降の景気の低迷が市場に重くのしかかってきている。しかし伸びを見せているジャンルもあった。1つは、「第3のビール」だ。安いものが求められるのは不景気の常である。しかし、もう一方で高付加価値の「プレミアムビール」類にも伸長の萌芽があった。
富裕層と一般とに顧客層が二極化する傍ら、さらに顕著な変化として、利用シーンにおいても「一人の顧客の中でも『普段のビール』と、週末など『特別な時に飲むビール』といった使い分けが進んで」いたのである。マスとなる一般層から安いものばかりが求められるのであれば、プレモルがこれ以上に躍進する目はない。しかし、一般層の中にも利用シーンにおける二極化があり、そこにはプレミアムニーズが確実に潜在している。それをいかにより顕在化させて掴み取るか――。
サントリーの場合、その解は、「Value for moneyに応える」(安達氏)というごく当たり前の形で結実した。
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