「夢を持て」という言葉が罪作りな理由サカタカツミ「就活・転職のフシギ発見!」(2/3 ページ)

» 2013年06月10日 07時50分 公開
[サカタカツミ,Business Media 誠]

「夢」という言葉にはいろんな意味がある

 初めに、夢という言葉の辞書的な意味を紹介します。夢という言葉には、実はたくさんの意味が含まれています。まず「寝て見る」もの。次に「将来実現させたいと思う願い」のこと。さらには「現実離れした様子」や「実現可能性のない空想」や「心の迷い」「不確かなこと」と、ざっと挙げただけで、このくらいはあります。そして大人の多くは、子供に対して「夢を持たなければならない」という場合、2番目の意味を頭に思い浮かべて話をするはずです。

 その話をした後で、話を聞いてくれている中学生たちに問いかけます。皆さんの中で夢を持っている人はいますか、と。そうすると、少なくない人数の子供たちが手を挙げます。私はそのまま、次の質問を繰り出します。「夢を実現するために、日々努力をしているという人はそのまま手を挙げていてください」と。そうすると、一定数の子供が手を下げてしまいます。そこで、私は厳しい現実を中学生に突きつけることになります。いま手を挙げている人は、先ほど説明した2番目の夢を持っている人です。手を下げた人は、残念だけれども、4番目の語意、つまり「実現可能性のない空想」としての夢を持っている人ですと、ドライに告げるのです。

「夢を持つ」という言葉が、とても罪作りである理由

 例えば、プロサッカー選手になりたいと思っていても、サッカーをやらなければ、プロサッカー選手にはなれない。当たり前のことです。サッカーをやっているだけではだめで、人の何倍も練習をする必要があるでしょうし、当然、才能も求められます。ただ、サッカー選手になるという夢を持ったとして、それがかなえられるのは、その夢に向かって努力をした人だけです。なりたいと「夢を持っている」だけでは、その夢は永遠にかなうことはないのです。

 何を当たり前のことを書いているのだとお叱りを受けそうですが、その当たり前のことを子供たちにはきちんと教えられていないのが、残念ながら現実です。「夢を持つことは大切だ」という言葉には続きがある。でもその続きを、誰も正確に伝えていないのです。

 夢を持つことは大切だ、という言葉とセットになっている言葉に「(夢は)願えばかなう」というフレーズがあります。この言葉がさらにくせ者です。ある人が成功した、そのドキュメンタリー番組などを見ていても「願いは・いつか・かなう」という感じのドラマチックなナレーションがつけられていることがよくあります。が、その人たちは、願っていただけではないはずです。夢を持つことを推奨する先には、夢に向かって努力をする必要を説き、さらに、それでも夢はかなわないということも示す必要があるはずです。しかし、多くの大人はそれを放棄してしまっている。夢を持て、大志を抱け、願いはいつかかなう……そんなフレーズだけを振りかざしてしまっているのです。

 私は中学生の前では、正直にこういう話をし、「夢を持つことが大切だと言う大人は信用しなくていい」と言います。サッカーのワールドカップ本戦への出場が決まった試合の後、香川真司選手は「ワールドカップに出ることが夢だった」とコメントをしていました。彼は、ワールドカップ出場を空想として思い浮かべていたのではなく、その夢を実現するために何をすべきか、イヤというほど考え、大変な努力をしたはずです。その過程が重要なのですが、どうしても「夢を持つ」という言葉に注目して、大人は子供にその大切さを説いてしまう。ある種その場しのぎの気持ちよい言葉を振りかざすことはとても罪作りになるのですが、そのことについて無自覚な人が多すぎるのです。

Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.