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» 2014年07月10日 08時00分 公開

なぜ巨人の原監督は“プラス思考”でいられるのか臼北信行のスポーツ裏ネタ通信(4/4 ページ)

[臼北信行,Business Media 誠]
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「原辰徳物語」の新章

 かつての人気漫画『巨人の星』は父が我が子をスパルタ方式で鍛え上げ、後々に巨人の主力選手として大成させるストーリー。原監督の高校時代はそんな「巨人の星」の、まさにリアルバージョンなのだ。そう――。だからこそ高校卒業以来、自らが窮地に立たされた時、それを乗り越えるための術として自分が「原辰徳物語」の主人公に成りきることが原監督のルーチンワークとなったのである。

 “ジャイアンツの4番”を務めるなど輝かしい経歴を経て現役を引退。古巣で指揮官となった今も、その姿勢は何ら不変だ。実を言うと、原監督は今から約11年前の監督就任2年目に大きな挫折を味わっている。あの長嶋茂雄監督からバトンを受け継ぎ、わずか就任1年目で日本一に輝いたが、翌2003年は一転して阪神タイガースに大きく水をあけられてリーグ連覇を逃し、3位に甘んじた。当時の球団上層部との確執も強くなったことから、成績不振の責任をとる形で同年秋に監督を辞任。このころ、人知れず指導者としての自分の手腕に自信を喪失しかけ、人間不信にまで陥りそうになっていたのだが、その苦境を救ったのが父・貢氏の短い言葉だった。

 「ドラマは、まだ終わってないぞ。これはお前さんが昔から信条としていることだったんじゃないのか」

 父からのゲキによって目を覚まさせられた。ここで主人公が諦めてしまったらドラマは成立しない。そう思い直し、評論家としてグラウンド外からもう一度真摯(しんし)な姿勢で野球と向き合った。そんな原点に立ち返る2年間を過ごした後、2006年から再び巨人の監督へ復帰。ブレなくなった原監督が球史に残る成績をおさめ、現在に至るのは前記した通りである。

 去る5月29日に優しき父であり最大の恩師でもある貢氏が、この世を去った。だが原監督の心の中には脈々と、そのイズムが受け継がれている。貢氏亡き後からスタートした「原辰徳物語」の新章は、まだ始まったばかりだ。希代の名将と呼ばれる主人公・原辰徳の今後に注目し続けたい。

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