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インタビュー

日本の伝統を伝え、ビジネスを改革する――街おこしのキーマンは「神社経営の変革者」(後編)嶋田淑之の「この人に逢いたい!」(1/4 ページ)

日販に勤め、ネット事業に携わった20代。恵川義浩氏は大きな危機感を持って、“外”から神社の世界に入った。結婚式ビジネスに注力、高級レストランとの提携など、神社の経営の新しい形を探り、一方で伝統文化を大切にする――街おこしと神社ビジネスについて考えるシリーズの完結編。

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嶋田淑之の「この人に逢いたい!」とは?:

「こんなことをやりたい!」――夢を実現するために、会社という組織の中で目標に向かって邁進する人がいる。会社の中にいるから、1人ではできないことが可能になることもあるが、しかし組織の中だからこそ難しい面もある。

本連載では、戦略経営に詳しい嶋田淑之氏が、仕事を通して夢を実現するビジネスパーソンをインタビュー。どのようなコンセプトで、どうやって夢を形にしたのか。また個人の働きが、組織のなかでどう生かされたのかについて、徹底的なインタビューを通して浮き彫りにしていく。


 粋な大人の街、東京・赤坂。複合商業施設「赤坂サカス」のオープンに合わせ、約100年ぶりに復活した江戸型山車(だし)が巡行するなど、赤坂では今現代的な都市開発と歴史や伝統の融合を目指す街おこしが進んでいる。

 赤坂の街おこしに携わる人々は多様だ。古くから赤坂で商売を営む老舗、住民、町内会、TBS(東京放送)……こういったさまざまなプレイヤーを結ぶ“かすがい”のような立場にいるキーパーソンが、赤坂氷川神社の禰宜(ねぎ)、恵川義浩氏(36歳)である。「みな立場は違えど、赤坂を盛り上げたいという思いは共通しているはず」という信念のもと、歴史と伝統を誇る赤坂の街と、新時代を志向する赤坂サカスとのWin-Winによる発展を目指して日々奮闘している。

 恵川氏の“本業”である神社の世界は、今、大きな危機に直面している。後編となる本稿では、恵川氏が、赤坂氷川神社でどのようにして数々の経営革新を成し遂げてきたかを明らかにしたい。


赤坂氷川神社禰宜の恵川義浩氏

跡取りとして、神社の経営革新に乗り出す

  中編で述べたように、神職に就く前の恵川氏は、産業界で数々の新規プロジェクトを成功させてきた凄腕ビジネスパーソンだった。勘違いでテレビ朝日の内定を辞退し、日販に入社。しかしその後、同社の歴史に名を残すようなイノベイティブな活躍を見せたのである。それを可能にしたのは、「どんな仕事にもその仕事なりの面白さがあり、それを見つけるのは自分の責任」という、恵川氏の仕事観であった。

 30歳になるころ、彼は日販を退社し、跡取りとして赤坂氷川神社に入る。しかし神社の世界は、このままでは廃墟化を招きかねない危機的な状況と恵川氏の目に映った。全国の8万社ある神社は、都市は都市の、地方は地方の事情により衰退し、倒産する神社も出てきている(参照記事)

 “神社を経営する”という観点に立てば、何らかの手を打って神社を立て直さなくてはいけないことは明らかだ。しかし、長い歴史と伝統に裏打ちされている分、変化を嫌う土壌が根付いているのが神社の世界である。恵川氏はいかにして、それを突破していったのだろうか?

 「実はご多聞に漏れず、私の父も保守派で、神社のマネジメントに関して何も変えたくないという考え方だったのです。ですから、革新を志向する私とは相容れず、正直言って衝突は多かったですね」と振り返る。

 しかし恵川氏は、画期的なアイデアをひとつひとつ実現させ、神社の経営を徐々に変えていく。

 彼が手がけた神社革新の第1弾は、大祓(おおはらい)。毎年6月と12月の末に行われる。形代(かたしろ)と呼ばれる人の形をした紙に、自分の名前と年齢を書き、体の各所をそれで撫で、息を3回吹きかけることで、心身の穢れがその形代に移るとされる。ご祈祷ののち、それを川や海に流して清める。

 親や祖父母の代までは、日本各地で、普通に行われていた行事だが、しかし今では、赤坂氷川神社でも、氏子のごく一部、すなわち、町内の少数の老人しか来なくなっていた。

 恵川氏は、伝統的な大祓の良さをより広く知ってもらおうと考えた。そこでひとつひとつ形代を手作りし、1人1枚、1世帯5人と考えて、5枚1セットにして封入し、さらに神事の解説や神社の行事の案内をそれに同封して、氏子区域(赤坂全域、六本木・虎ノ門の一部)全世帯に一軒一軒、ポスティングして歩いた。その数、実に1万世帯(!)に及んだという。

人の形をした形代。名前と年齢を書き、自分の心身の穢れを移した後、川や海に流して清めるのが「大祓式」(左)。形代に同封し、赤坂を中心とする1万世帯に配布した案内(右)

 途方もない労力を要したこの作業。しかし効果はてきめんで、大祓への出席者は、一挙に10倍以上になった。すかさず恵川氏は、来場者の情報をデータベース化し、以降、神社の行事としては前例のないことだったが、毎回、ダイレクトメールを送るようにしたのである。

 これによって、その出席者たちは、リピーターとして定着してゆくようになった。「とても大きな効果がありました。さすがに今では手作りしきれなくなりまして、父も納得し、業者さんに発注しているんですよ」と恵川氏の温顔に笑みが浮かぶ。

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