15万円未満の新モデルも登場――市販カーナビが安くなる理由:神尾寿の時事日想
スタンダードモデルが15〜20万円前後、ハイエンドモデルは30万円前後と“高値安定”していた市販カーナビ市場が大きく変わりつつある。筆者の考える大きな要因は、PNDの急伸だ。
市販カーナビ市場に、価格破壊の波が広がり始めている。
富士通テンが16日、ECLIPSEブランドの新モデル「AVN Lite(AVN118M)」を発表した。同機は2DIN一体型のAVN(Audio Visual Navigation)タイプで、カーナビゲーションだけでなく、ワンセグ受信、CDオーディオ再生やiPod接続に対応している。一方で、従来のAVNで搭載されていたHDDオーディオ機能、DVDプレーヤー機能、フルセグ対応といったAV機能を大幅に省略。これにより低価格化を実現し、実売価格を8万円台に抑えるという。
これまでの市販カーナビ市場の相場は、スタンダードモデルが15〜20万円前後、ハイエンドモデルは30万円前後だった。むろん、モデル末期にはかなりの値崩れを起こす機種もあるが、発売当初から15万円を切る市販カーナビは皆無だった。PCの世界では、この5年で販売価格の地滑り的な下落があったが、市販カーナビ市場の価格相場は比較的安定していたといってよい。
しかしこの状況が、昨年後半から大きく変わり始めている。
低価格市場へのシフトと、PNDの躍進
市販カーナビ市場が変化した要因は複数あるが、その中でも大きいのが成長市場の“シフト”である。
国土交通省の資料によると、カーナビゲーションの出荷台数は約2830万台。この数字は1996年からの累計なので、稼働台数では目減りするが、それでも約2000万台前後が普及していると考えられる。一方、JEITA(電子情報技術産業協会)の資料を見ると、2007年度の出荷台数は451万8000台で、前年比11%の伸び。カーナビ市場全体は堅調に伸びている。
しかし実際の市場構成を見ると、成長を牽引しているのは新車購入時に工場装着される「自動車メーカー純正カーナビ」、カーディーラーが販売・取り付けする「ディーラーオプション カーナビ」と、シンプルで低価格な「PND(Personal Navigation Device)」である。この中で自動車メーカー純正カーナビは、リアビューモニターやACC(アダプティブクルーズコントロール)など様々なオプションとセットにすることで20〜30万円前後の価格帯を維持しているが、ディーラーオプションカーナビと市販のPNDは“安さ”が大きな普及要因になっている。
特にPNDの成長は著しい。PNDの最多販売価格帯は国内メーカー製で5〜6万円前後。付加価値の多いハイエンドモデルでも、PNDならば7万円前後というのが相場だ。さらに欧米で人気のガーミン社製PND 「nuviシリーズ」ならば、エントリーモデルの「nuvi250 Plus」の実売価格が3万円を切る。
しかもPNDは性能進化が著しく、カーナビの基本要件である“道案内の道具”として見ると、20万円前後の据え付け型市販カーナビに負けない性能を持っている。例えば、先述のnuvi250 Plusでは、画面サイズこそ小さいものの、測位精度の正確さやナビゲーション性能は高い。ワンセグやCD/DVDプレーヤー機能などが不要ならば、まったく不満のでないカーナビになっている。
また最近では、パイオニアの「エアーナビ AVIC-T10」(実売価格5万円前後)のように通信サービスに対応するモデルや、ソニーの「NV-U3V」のようにナビゲーション精度の高さだけでなく、スタイリッシュなデザインや使いやすいUIをセールスポイントにするモデルも現れている。
このように各メーカーが多様な製品を投入したことで、“10万円以下”のPNDの選択肢が増えて、PND市場は活性化している。エレクトロニクス製品の市場調査を得意とする調査会社シード・プランニングでは、日本のPND市場規模は2005年はわずか年間8000台だったものが、2008年には年間109万台、2015年には年間357万台にまで伸びると予測している(参照リンク)。またシード・プランニングは、市場調査において「PNDを初めて買う」ユーザー層が全回答者の62%に上ったことから、PND市場が既存の市販カーナビ市場を侵食するのではなく、安価なカーナビを求める新市場を創出すると分析している。
筆者も、PNDが新たな市場を創出するという点においては同意見だ。クルマの稼働台数で見れば、これまでのカーナビ市場は全体の3割弱に普及していたに過ぎず、PNDの台頭が“残り7割”に新しいマーケットを築くだろう。その上で、これら安価なPNDの急伸は、既存の市販カーナビ市場に強い「値下げ圧力」となる。シード・プランニングの調査結果にあるように、PNDを求めるユーザー層と、これまで市販カーナビを選んできたユーザー層は、求める機能や性能において一定の“棲み分け”が可能だが、それでも相対的に見て、「高値安定」が続いてきた市販カーナビの割高感を際だたせてしまうことは避けられないからだ。
富士通テンの「AVN Lite」はかなり象徴的な例であるが、市販カーナビの値下がりは今後、ゆっくりと、だが着実に進むだろう。将来的に20万円前後がハイエンドモデルの価格帯になり、最多販売モデルはすべて10万円以下になるシナリオも十分に考えられる。
この価格破壊の流れは、市販カーナビ市場の構造変化を促す。市販カーナビメーカーは、ソニーやパイオニアのように積極的にPND市場に参入し競争をするか、自動車メーカー純正カーナビのOEMメーカーとして生き残りをかけるか、それともカーナビ市場そのものから撤退するか。厳しい舵取りが求められそうだ。
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