重くして“エコカー認定”の欺瞞
資源やエネルギーを節減するためには、「軽量化」が常套手段。ところが、自動車業界では「お引越し」と呼ばれる自動車を重くしてエコカーの認定を受ける手法があるようだ。なぜ、そんなことが起こるのか、そこにはどんな問題が潜んでいるのかを探る。
著者プロフィール:中ノ森清訓(なかのもり・きよのり)
株式会社戦略調達社長。コスト削減・経費削減のヒントを提供する「週刊 戦略調達」、環境負荷を低減する商品・サービスの開発事例や、それを支えるサプライヤなどを紹介する「環境調達.com」を中心に、開発・調達・購買業務とそのマネジメントのあり方について情報提供している。
エコカー減税や補助金の認定にも利用されている、国土交通省の低燃費車の認定制度に対し、東京都から制度上の欠陥が指摘されています。
この制度は、国土交通省が省エネ法で定めた燃費基準をクリアしたクルマを「燃費基準達成車(低燃費車)」として認定、該当車には緑色のステッカーを与え、公的なお墨付きを与えるとともに、エコカー減税や補助金などの優遇策を受けるための前提基準ともなっています。
制度上の欠陥とは、この制度の認定基準がクルマの重量が重くなるほど緩くなるため、基準を満たさないクルマにパワーシートやサンルーフといったオプションを加え、重量をかさ上げして基準をクリアできることです。こうした重量をかさ上げして基準をクリアする手法は、自動車業界では「お引越し」という業界用語で呼ばれるまでに定着しているようです(出所:2010年5月18日MSN産経ニュース)。
確かにおかしな話です。この制度ができるまでは、自動車メーカーはクルマの軽量化に腐心していました。基本的には、重量が軽い方が燃費が良くなるからです。ところが、この制度は自動車メーカーにゆがんだインセンティブを与えてしまいます。
何のための制度なのか?
今回の東京都の指摘に対し、国土交通省は「区分を細分化すると燃費試験に膨大なコストがかかる」(出所:同上)と説明しており、当面、欠陥を是正するつもりはないようです。
これでは、何のための制度か分かりません。本当に、エネルギー削減を促進する目的でこの制度は作られたのでしょうか? もともと、エコカー減税や補助金は、環境負荷低減ではなく、景気対策の側面が強いことは指摘されていました。景気対策が目的ならば、エコをかたるのではなく、別の名称を用いるべきです。もし、日本政府が本当に環境負荷低減を進めたい、環境負荷低減で国際的なリーダーシップを取りたいならば、こうした欺瞞は早急にやめるべきです。
まだ、環境負荷低減は価値が十分に認められておらず、非常に危うい位置にあります。エコや環境負荷低減を訴えるビジネスは、資源やエネルギーを実際に節減できるものと、こうした制度のゆがみや「地球に優しそう」というイメージによる誤解に基づくものの玉石混交の状態です。
こうした中で、国のような環境負荷低減に価値を付与すべき機関が、率先してその価値に対する信頼を損なうような行動を行えば、「環境、環境、エコ、エコって言うけど、実際には世の中の何の役にも立っていないよね」と、本当に環境負荷低減につながるビジネス、活動まで含めて、まがい物として見られるようになってしまいます。バブル崩壊後の不況と同様、踊らされた需要が大きければ大きいほど、その信用が崩壊した後の全体の環境負荷低減ビジネス、活動に与える影響は大きくなります。
制度のゆがみを利用するのは、違法ではありません。悪いのは、そうしたゆがんだ制度を作った制度設計者です。企業側から見れば、そうした制度のゆがみは、短期的には少ないリスクで収益を上げる良い手段です。単なる良い手段どころか、それを利用しない手はないというくらいです。実需を追いかけるのか、制度のゆがみやバブルを追いかけるのかは、あくまでも、それぞれの企業の信念、価値観によります。
しかし、中長期的には、制度のゆがみやバブルを利用して収益を上げる企業は、やがて淘汰されます。我々環境負荷低減ビジネスの担い手には、その価値がまだまだ壊れやすいものがあるがゆえに、信念を持って実需を追いかけることが、事業の成功につながると考えます。(中ノ森清訓)
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