フレックスタイム制の“陰”について考える
ここ20数年で急速に普及したフレックスタイム制度。そのフレックスタイム制度導入が組織運営に与えた影響を振り返っておくことは、管理職の能力向上を考える上で大変重要だと筆者は主張する。
著者プロフィール
川口雅裕(かわぐち・まさひろ)
イニシアチブ・パートナーズ代表。京都大学教育学部卒業後、1988年にリクルートコスモス(現コスモスイニシア)入社。人事部門で組織人事・制度設計・労務管理・採用・教育研修などに携わったのち、経営企画室で広報(メディア対応・IR)および経営企画を担当。2003年より株式会社マングローブ取締役・関西支社長。2010年1月にイニシアチブ・パートナーズを設立。ブログ「関西の人事コンサルタントのブログ」
20年と少し前、新卒で入ったリクルートグループの会社でのことです。すべての部署ではありませんでしたが、9時の始業前、8時50分から全員が集まって軽く体操をしていたことを思い出します。体操が終わると朝の掛け声というのがあり、みんなで「頑張るぞ。オーっ!」などと言ってから仕事に取りかかっていました。
フレックスタイムなどという言葉も概念も知らず、朝に全員が揃うのは当たり前のことで、日本全体の年間の平均総労働時間が2200時間くらいのころです。それからしばらくして、「日本人は働きすぎだ」「余暇を増やすことは心身の健康にいいし、旅行などの内需を増やすから経済成長にもつながる」といった議論が国主導で始まり、1800時間が目標として設定されました。
以降、徐々に労働時間が減っていき、現在ではその数値がほぼ達成されているわけですが、企業がやったことは残業を減らすことと(表面的に……という部分もありますが)、働き方の自由度を上げることで、これらの中心的な役割を果たしたのがフレックスタイム制度の普及でありました。
毎日9時から退社までの時間が労働時間ということではなく、出社や退社の時間に自由度を持たせて、労働時間は月単位でまとめて本人から申請させるといった仕組みで、実態は別として、1800時間の達成には最も大きな役割を果たしたと言えるでしょう。それは良かったとして、一方でフレックスタイム制度の陰の部分も考えておく必要があります。
フレックスタイム制度の陰の部分
よく覚えていますが、フレックスタイムの導入時、現場の管理職から「朝会が出来なくなる」「規律が緩むのではないか」といった声が多く上がりました。朝、バラバラにやって来るような仕組みに違和感を抱く現場の声に対して、人事部には「各々の業務の状況に合わせて働くことが合理的であり、心身の健康にもつながり、業務にもかえって良い効果が期待できる」といった大義名分があり、朝会などは小さな話に感じて「そこは工夫をしてやってください」などと返答していたわけです。しかし、振り返ってみれば、現場が危惧(きぐ)した部分が現実になったのではないかと感じます。
つまり、「フレックスタイムの自由さが、組織の緩みにつながった面は否定できないのではないか」ということです。労働時間が減って心身が健康になったかといえばそうでもないし、できた余暇が有効利用されイノベーションにつながったかというとそうでもない。結局、超過勤務手当の削減が達成されただけではなかったか。
例えば朝会というのは、ひょっとしたら課長さんが課長さんたるゆえんを組織で相互に確認し合う場だったのかもしれません。朝会がなくなったり日常の会議に吸収されたりしたこと、出退社時間が自由になったことや、朝夕にみんなに向かって大きな声であいさつ、声がけをしなくてよくなったことが、規律の緩みを生み、上司の存在感をどんどん軽くしていった面があるのだとすると、フレックスタイム制の罪は軽くありません。
もちろん、「そんなことよりマネジメント能力を問題にすべきだ」という意見に異論はありませんし、もはや後戻りできない以上、管理職の組織運営力の向上を図ることが重要であるのは間違いありません。しかしながら、「フレックスタイム制の普及が(プレイヤー兼務の一般化と並んで)、管理職の組織運営を難しくした可能性がある。単純に中間管理職のレベルが昔より下がったというわけではないのだ」と認識をしておくことはそれらを考える前提として重要であります。(川口雅裕)
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