“今”を問えば度量が分かる(2/2 ページ)
事業定義は、個人でも重要だ。しかし、仕事へのコミットメントの深さとスコープの広さは、必ずしも比例しない。気晴らしのほとんどは、スコープの遮断にすぎず、かえって自分を追い込んでしまう。今日と別に明日があるのではなく、ここと別に世界があるのではない。
“今ここ”はどこまでもつながっている
ましてや、タバコや酒、パチンコ、ギャンブル、麻薬、過食、不倫、買い物に溺れる者の末路は哀れだ。ちょっと気晴らしに「出かける」と言うが、じつは逆。脳の血管を絞り、神経を麻痺させ、世の中の後先の面倒をすべてを遮断し、恐ろしく狭いスコープの“今ここ”に逃げ込んでいるだけ。自宅の部屋から出てこない引き籠もりと同じ。実際、タバコを吸い終わっても、酒に酔いつぶれても、何も解決などしていない。外に押しのけたはずの不安の闇が、心の内側から食い荒らす。そうでなくても、現実はそういう人物を、この“今ここ”から弾き出す。
禅やキリスト教の言う“今ここ”は、過去から未来まで、ここから地の果てまで広がる壮大な神仏のスコープの話だ。“今”は、数十時間前から数十時間後まで、数年前から数年後まで、数千年前から数千年後まで、途切れなくつながっている。“ここ”も同様に、仲間内のみならず、会社、社会、世界と、どこもみな“ここ”。
今日とは別に明日があるのではない。こことは別に世界があるのではない。その間に線を画す時点で、あなたは自分のスコープを狭め、現実から目を背けている。そして、あなたの方が“今ここ”から追われる。この現実以外に現実はない。“今ここ”で何をするのか、どれだけ大きなスコープで、自分のすべきことを打ち立てられるか、あなたの人間としての度量が問われている。(純丘曜彰)
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