宮崎駿氏は71歳だけど……アニメ監督の高齢化は進んでいるか?:アニメビジネスの今(4/4 ページ)
日本を代表するアニメ監督である高畑勲氏や宮崎駿氏が70歳を超えても制作を続けていることや、若手の労働環境が厳しいものがあるため高齢化が進んでいると言われるアニメ業界。実際はどうなのか調べてみた。
アニメ監督は高齢化している?
アラサー世代の若い演出人材が続々誕生している状況は先ほど確認できた。それにもかかわらず、「制作者の高齢化が進んでいる」と言われるのはなぜか。高齢化しているというのは本当なのか。
結論から言うと、高齢化が進んでいるのは事実である。次表の「世代で見るアニメ監督」を見ると分かるが、今でも作品を作り続けている高齢の現役監督は非常に多い。最高齢は今年77歳になる高畑勲監督だが、現在『竹取物語』をテーマとした新作に取りかかっており来年公開予定。72歳になる杉井ギサブロー監督は7月7日公開の『グスコーブドリの伝記』を撮り終えたばかりである。さらに、71歳になる宮崎駿監督も来年公開の作品を制作中だ。
世代で見るアニメ監督(『日本映画人名事典』『アニメージュ』「Wikipedia」などを参考にした筆者調べ)
- 1930〜1940年代生まれ
高畑勲、笹川ひろし、勝間田具治、杉井 ギサブロー、芝山努、宮崎駿、りんたろう、高橋良輔、こだま兼嗣
- 1950年代生まれ
川尻善昭、秋山勝仁、辻初樹、押井守、真下耕一、湯山邦彦、西久保瑞穂、山内重保、大友克洋、アミノテツロー、大地丙太郎、渡部高志、桜井弘明、千明孝一、原恵一、森本晃司
- 1960〜1964年生まれ
庵野秀明、片渕須直、河森正治、佐藤順一、梅澤淳稔、貝澤幸男、芝田浩樹、福田己津央、荒牧伸志、志水淳児、今川泰宏、岡村天斎、小島正幸、新房昭之、神戸守、前田真宏、幾原邦彦、佐藤竜雄、山村浩二、小林治、森田宏幸
- 1965〜1969年生まれ
渡辺信一郎、湯浅政明、舛成孝二、水島努、大張正己、沖浦啓之、水島精二、神山健治、谷口悟朗、鶴巻和哉、錦織博、石原立也、安藤真裕、細田守、浜名孝行、浅香守生、宮崎吾朗、小池健、小原正和、名和宗則、鏑木ひろ、岡本英樹
- 1970年代生まれ
京田知己、長濱博史、カサヰケンイチ、中村健治、今石洋之、佐伯昭志、境宗久、FROGMAN、ラレコ、長峯達也、静野孔文、高村和宏、武本康弘、真島理一郎、川口敬一郎、新海誠、あおきえい、増原光幸、米林宏昌、久城りおん、岸誠二、高橋丈夫、山本寛、板垣伸、金子ひらく、追崎史敏
このように、70歳を超える監督が現役で作品を作り続けるのを見ると確かに高齢化が進んでいるようにみえるが、実際は表を見ると分かる通り、1960年代生まれの監督を最多層としてピラミッド型になっている。1970年代以降に生まれた監督はまだ少ないが、順調に育っているところを見るとここがやがて一番厚い層になってくるだろう。
この傾向は監督以外の制作者であるアニメーターや美術などにも言えることである。「制作者の高齢化が進んでいる」というのは1つの傾向を指しているだけで、全体を正確に表現するなら、「制作者の高齢化が進んでいるものの、年齢構成的にはピラミッド型になっている。また、同時に若手の育成も進んでいる」と言うべきだろう。
1990年代中盤以降、アニメ制作数の増加に伴い、各スタジオはかなりの人員増を行った。それが少なくとも2007年ごろまで続いていたので、今後もアラサーの若手監督が輩出される可能性は大きいだろう。
アニメ監督高齢化の真実
アニメ監督の高齢化が進む理由はいくつか考えられる。その中で一番大きいのは定年がないということだろう。要するに死ぬまで続けられる職業なのである。その意味で、「アニメ監督の定年は死が訪れた時」ということになるだろうが、昨年から今年にかけて亡くなった出崎統氏(1943年生まれ、享年68)、芦田豊雄氏(1944年生まれ、享年68)、石黒昇氏(1938年生まれ、享年74)といった監督をみるとそれを強く感じる。
もう1つ、アニメ監督の高齢化が進んでいるように見える理由は、歴史が浅い世界なので先人が少なかったということも挙げられるだろう。日本で本格的な商業アニメがスタートしたのは1958年の『白蛇伝』から。だが、この当時はまだ年間に長編劇場アニメを1本制作していただけなので監督の需要は極めて限られていた。
それが、1963年に初の30分テレビアニメシリーズ『鉄腕アトム』が始まり大ヒットするとブームが巻き起こり、一気に制作人材が増えていくが、そのころアニメ業界へ入ってきたのは1940年以降に生まれた当時20代の若者だった。従って、アニメ業界の高齢化はこの世代の高齢化とともにあったため最近になって取りざたされるようになったのだろう。
いずれにせよ、長寿化する社会の中にあって、アニメ制作者の高齢化は確実に進むはずである。そうれなれば、落語の世界ではないが50代で若手と呼ばれる日もそう遠くはないのではないだろうか。
増田弘道(ますだ・ひろみち)
1954年生まれ。法政大学卒業後、音楽を始めとして、出版、アニメなど多岐に渡るコンテンツビジネスを経験。ビデオマーケット取締役、映画専門大学院大学専任教授、日本動画協会データベースワーキング座長。著書に『アニメビジネスがわかる』(NTT出版)、『もっとわかるアニメビジネス』(NTT出版)、『アニメ産業レポート』(編集・共同執筆、2009〜2011年、日本動画協会データーベースワーキング)などがある。
ブログ:「アニメビジネスがわかる」
関連記事
- 「アニメビジネスの今」連載バックナンバー
- 海外では圧倒的、音楽ビジネスに浸透するアニメソング
AKB48が席巻している、昨今の日本の音楽シーン。しかし、長期的に見るとアニメソングも大きな位置を占め続けており、海外からの著作権収入では他ジャンルを圧倒しているのである。 - なぜガンダムは海外で人気がないのか
30周年を迎え、お台場のダイバーシティではアトラクションも作られているガンダム。しかし、日本に比べ、海外ではそれほど人気はない。ガンダムに限らず、ロボットアニメが海外で受け入れられない背景には“フランケンシュタイン・コンプレックス”があるという。 - 制作量は日本の2.5倍でも……中国アニメーション産業の光と影
政府の強力な後押しによって、中国のテレビアニメの制作分数は2008年に日本を越え、現在では約2.5倍にもなっている。筆者は先日行われた中国最大のアニメフェア、杭州アニメーション・フェスティバルを訪れ、一躍アニメーション大国となった中国の内情を探った。 - 『コクリコ坂』が転機に!? 揺れるジブリのビジネスモデル
『もののけ姫』『千と千尋の神隠し』など、映画史に残る作品を数々送り出してきたスタジオジブリ。しかし今、その劇場オリジナルアニメ中心のビジネスモデルが揺らぎつつある。 - なぜジブリは国民的映画を創り続けるのか
『もののけ姫』『千と千尋の神隠し』など、映画史に残る作品を数々送り出してきたスタジオジブリ。世界の映画史におけるその位置付けを改めて確認し、何が今、課題となっているのかを探る。 - 悪人を倒せば世界が平和になるという映画は作らない――宮崎駿監督、映画哲学を語る(前編)
『風の谷のナウシカ』『となりのトトロ』『千と千尋の神隠し』など数々の映画で、国内外から高い評価を受けている宮崎駿監督。アニメーション界の巨匠が何を思って映画を作っているのか、どんなことを憂いているのかを語った。
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.