庵野秀明館長「特撮博物館」から考える特撮とアニメの関係:アニメビジネスの今(5/5 ページ)
毎年好例となった東京都現代美術館におけるスタジオジブリ制作の企画展。今年は『新世紀エヴァンゲリオン』の庵野秀明監督が館長となり、特撮展示が行われることとなった。今回は特撮とアニメの関係性や、それを通じて見えてくる世界的な映像のトレンドを分析する。
特撮やアニメーション技術の発展がファンタジー作品を増やした
1990年代以降のCGの発達において、特撮の世界は劇的な変化を迎えている。リアルなアナログの世界からバーチャルなデジタルの世界へ移行し、表現領域の可能性は無限に近付いた。元来、究極の特撮であり何でも表現できたアニメーションの世界でもデジタルへの転換は進んでいる。
そして、特撮やアニメーション技術の発展により、人々が潜在的に求めている現実社会ではありえない想像や空想の世界であるファンタジー領域の表現が可能になり、その結果観客の志向性が明確になった。
次表は北米の1970年から10年おきのBOXOFFICE(興行収入)である。ルーカス、スピルバーグ登場以前から直近の2010年までだが、観客の志向する作品ジャンルが変化しているのが明確に分かる。
1970年北米BOXOFFICEトップ10
順位 | タイトル | ジャンル |
---|---|---|
1 | ラブストーリー | ドラマ/恋愛 |
2 | 大空港 | ドラマ/スリラー |
3 | マッシュ | 戦争コメディ |
4 | 小さな巨人 | 西部劇 |
5 | ジョー | バイオレンススリラー |
6 | 新・猿の惑星 | SFアドベンチャー |
7 | 晴れた日に永遠が見える | ミュージカル |
8 | Getting Straight | 恋愛コメディ |
9 | 戦略大作戦 | 戦争 |
10 | 真昼の死闘 | 西部劇 |
1980年北米BOXOFFICEトップ10
順位 | タイトル | ジャンル |
---|---|---|
1 | スターウォーズ:帝国の逆襲 | SFファンタジー |
2 | 9時から5時まで | コメディ |
3 | スタークレージー | コメディ |
4 | フライングハイ | コメディ |
5 | ダーティファイター:燃えよ鉄拳 | アクションコメディ |
6 | プライベートベンジャミン | コメディ |
7 | 歌え!ロレッタ愛のために | ドラマ/ミュージック |
8 | トランザム7000VS激突パトカー軍団 | アクションコメディ |
9 | 青い珊瑚礁 | 恋愛 |
10 | ブルースブラザーズ | コメディ |
1990年北米BOXOFFICEトップ10
順位 | タイトル | ジャンル |
---|---|---|
1 | ホームアローン | ファミリーコメディ |
2 | ゴースト | ファンタジーロマンス |
3 | ダンス・ウイズ・ウルブス | 西部劇 |
4 | プリティ・ウーマン | 恋愛コメディ |
5 | 忍者タートルズ | ファミリーアドベンチャー |
6 | レッド・オクトーバーを追え! | アクションスリラー |
7 | トータルリコール | SFアクション |
8 | ダイハード2 | アクション |
9 | ディック・トレーシー | ファンタジーアクション |
10 | キンダガートン・コップ | コメディ |
2000年北米BOXOFFICEトップ10
順位 | タイトル | ジャンル |
---|---|---|
1 | グリンチ | ファミリーコメディ |
2 | キャスト・アウェイ | ドラマ |
3 | ミッションインポスブル2 | アクション |
4 | グラディエーター | 歴史叙事詩 |
5 | ハート・オブ・ウーマン | 恋愛 |
6 | パーフェクトストーム | アクションドラマ |
7 | ミート・ザ・ペアレンツ | コメディ |
8 | X-メン | SFアクションアドベンチャー |
9 | 最終絶叫計画 | ホラーコメディ |
10 | ホワット・ライズ・ビニース | ホラー |
2010年北米BOXOFFICEトップ10
順位 | タイトル | ジャンル |
---|---|---|
1 | トイ・ストーリー3 | アニメーション |
2 | アリス・イン・ワンダーランド | ファミリーファンタジー |
3 | アイアンマン2 | SFアクションアドベンチャー |
4 | エクリプス/トワイライト・サーガ | 恋愛 |
5 | ハリー・ポッターと死の秘宝 PART1 | ファンタジー |
6 | インセプション | SFアクション |
7 | 怪盗グルーの月泥棒 | アニメーション |
8 | シュレック フォーエバー | アニメーション |
9 | ヒックトドラゴン | アニメーション |
10 | 塔の上のラプンツェル | アニメーション |
もともとハリウッドではSFや宇宙ものはアニメーション(Cartoon)と同じくお子さま向けとして軽んじられる風潮があった。それが、『スター・ウォーズ』以降の特撮技術のイノベーションによって表現にリアリティを獲得していく過程で次第に幅広い層に支持されるようになった。その結果、次第にドラマやコメディといったストレートなジャンルは少なくなり、SFやファンタジー系の作品が増えた。表現領域が広がるにつれて「現実社会ではありえない映像を見たい」という映画に対する観客の欲望が刺激されたのである。
そして、それまでせいぜい年2本がランクインするレベルだったアニメーションを含むファンタジー系作品が、2010年には驚くべきことにトップテンの半分がアニメーション、そのほかにランクインした作品もアリスやアイアンマン、ハリー・ポッター、インセプションといった極めてファンタジー色が強いものとなった。それまでの北米ランキングでは考えられない状況である。
映像生態系の頂点に君臨するハリウッドがこのようなトレンドになったということは、今後世界的にもファンタジー系作品の割合が増えることを意味している。すでにインドでは『ロボット』『ラ・ワン』が、香港では『王朝の陰謀』『未来警察 FUTURE X-COPS』が制作されており、この傾向は世界的にますます強くなるだろう。
ハリウッドを中心に世界的にファンタジー系統の映像が増える中、日本はどうなのかとも言われるが、日本は実は先行者であるのだ。その役割を果たしていたのが子どもだましと言われた特撮と漫画映画と呼ばれたアニメであった。両方とも奔放なイマジネーション世界を描くのに適しており、誕生した時からファンタジーメディアであったのだ。そのことを思うと、今のハリウッドで起こっている現象はハリウッドの日本化にほかならないのではないだろうか。
増田弘道(ますだ・ひろみち)
1954年生まれ。法政大学卒業後、音楽を始めとして、出版、アニメなど多岐に渡るコンテンツビジネスを経験。ビデオマーケット取締役、映画専門大学院大学専任教授、日本動画協会データベースワーキング座長。著書に『アニメビジネスがわかる』(NTT出版)、『もっとわかるアニメビジネス』(NTT出版)、『アニメ産業レポート』(編集・共同執筆、2009〜2011年、日本動画協会データーベースワーキング)などがある。
ブログ:「アニメビジネスがわかる」
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