“アンチ・エイジング”は迷惑だ:INSIGHT NOW!(1/2 ページ)
もちろん、見た目の年令と肉体の年令を維持しようとするのは悪いことではない。しかし、今どきのアンチ・エイジングは、成熟・成長という面まで否定してしまっているようだ。
著者プロフィール:川口雅裕(かわぐち・まさひろ)
イニシアチブ・パートナーズ代表。京都大学教育学部卒業後、1988年にリクルートコスモス(現コスモスイニシア)入社。人事部門で組織人事・制度設計・労務管理・採用・教育研修などに携わったのち、経営企画室で広報(メディア対応・IR)および経営企画を担当。2003年より株式会社マングローブ取締役・関西支社長。2010年1月にイニシアチブ・パートナーズを設立。ブログ「関西の人事コンサルタントのブログ」
エイジング・ビーフが流行している。20日以上も低温で熟成させた牛肉は、アミノ酸が豊富で旨味も香りも味わいも豊かになるそうで、それを食べさせるステーキ店や焼肉店が増えている。また、ウイスキーを樽の中に長期貯蔵するのも、ワインを熟成させるのもエイジングと呼ばれる方法だ。工業製品でも、部品や油がなじんだ状態で出荷しないと設計通りの性能が発揮できないことがあるので慣らし運転を行うが、この工程もエイジングというらしい。楽器の世界でエイジングというのは、本来の音色や響きが出るように弾きこむことだ。
このように使うとき、エイジングという言葉にネガティブな感じはまったくない。時間の経過、慣らし運転、弾きこみによって古くはなるが、それによって価値が出る、新しいときにはなかった良さが生まれるというポジティブなニュアンスである。つまり、エイジング(Aging:加齢、年をとること)はそもそも、老化や衰えを意味していない。現在、一般にはエイジングは単なる老化、衰えと捉えられ、アンチ(抵抗、反対、否定)の対象とされているが、それはあまりに一面的なのである。
人にも年を取ればとるほど価値が出てくる部分があるはずだ。例えば、若いころに取り組んだ仕事やスポーツなどを振り返って、今ならもっとうまくできたのに……と思うことは誰にでもある。それは単なる後悔でなく、そのころにはなかった知恵や視点、視野を身に付けたからこそ湧き出る感情で、エイジングによって成長した証と言えるだろう。職場には、成功と失敗を積み重ね、歴史を身をもって知っており、だからどう進めるべきか、何に気を付けるべきか、その先にどんなことが起こりそうか、が見える人がいる。いわゆる年の功というものだが、これもひとつのエイジングの価値である。
今どきのアンチ・エイジングは、そのような成熟・成長という面まで否定してしまっているようだ。もちろん、見た目の年令と肉体の年令を維持しようとするのは悪いことではない。若々しく見えたい、元気で健康でいたいという欲求は皆にある。しかし、暦の年令(実際の年令)を忘れたいかのようにアンチ・エイジングにまい進し、若々しく健康でいることだけが自慢であるような姿は、やや滑稽だ。若々しいのはいっこうに構わないが、年相応の知恵を授けてほしいし、教養や矜持が感じられる振る舞いや言動を見せてほしいし、年長者らしい高く広い視点でものを語ってもらいたい、というのが周囲の期待であるからだ。
関連記事
- 今の50歳代が、不幸な高齢者になるかもしれない理由
「老いの工学研究所」の研究員も務める筆者。5人の高齢者を招いた座談会で最も印象に残ったのは、ある80歳代前半の女性が語った内容だった。 - 学生諸君、「キャリアデザイン」だけはやめておけ
キャリアデザインという就職指導は、いい加減にやめないと学生が可哀想だ。日本企業においては無意味どころか、会社にとって面倒な話にしかならない。 - 根本的に間違っている就活と就職支援
情報入手が容易になり、選択肢が増えた現代。しかし、そんな時代にあっても3年以内離職率が上がっているのはなぜなのか。ミスマッチの原因について考えてみた。 - 成果主義がうまくいかなかった最大の理由
評価が良かったり悪かったりした結果が処遇差となって反映されるなら、競争が起こり、やる気や危機感が醸成されやすくなって、成果主義は当初の狙い通り機能したはずだ。しかし、なぜ機能しない例が多く見受けられるのだろうか。
Copyright (c) INSIGHT NOW! All Rights Reserved.