灼熱の甲子園に似合うのは「完投の美学」? それとも「球数制限」?: 臼北信行のスポーツ裏ネタ通信(2/3 ページ)
必死に白球を追う高校球児の姿は素晴らしい。だが、気温35度に迫るような炎天下、1試合150球近くの「投げ込み」は野球人としてのキャリアにどう影響するのだろうか?
懸念の声が高まってきた「Nagekomi」問題
ただし、その内容のすべてが肯定的なものばかりではない。ESPNマガジンやFOXスポーツは、安楽がセンバツで772球を投じたことについて「将来に影響する可能性がないとはいえず、疑問を感じざるを得ない」とする有識者たちのコメントを紹介。日本の高校生の投手には球数の制限がなく、1998年夏の甲子園大会で松坂大輔投手(インディアンス3Aを退団)が合計767球を投げたことも触れながら「日本にはNagekomi(投げ込み)という文化がある」とも伝えた。
米国では高校生の大会でも肩や肘を守るために投球数や登板間隔を必ず空けることなどの制限が設けられていることから、投げ込み続ける安楽の姿に「せっかくの金の卵が、潰れてしまうのではないか」と心配する声が米球界関係者の間から上がっているのだ。
「Nagekomi」に対する異論は、意外なことに日本人メジャーリーガーたちからも聞こえてくる。レッドソックスの上原浩治投手や田沢純一投手は米メディアの取材に「選手寿命のことを考えれば、球数制限はあって然るべき」とそろって答えている。ヤンキースなどで活躍した松井秀喜氏も、ハッキリとこう答えている。
「やっぱり高校野球の投手起用には無理がありますね。確かにボクも高校球児で投手であったならば、甲子園のためならば壊れてもいいと思ったでしょう。だからこそ指導者の判断と徹底した管理が必要だと思うのです。相当投げても大丈夫な投手もいるが、あえてリスクを冒す必要はない。これだけの強硬日程ならば少なくとも先発投手は3人は必要ですよ。いくらエースだからといって、1人の若い投手に『おんぶにだっこ』では余りにも背負わせているものが大き過ぎます。指導者の人たちは、預かっている球児たちの将来についても考えなければいけないと思いますよ。ボクは投げ抜くことを美談にする日本のメディアも良くないし、反対意見もあって当然だと思う」
甲子園も米メジャーリーグも経験した松井氏の言葉はとても重い。説得力も十分に持ち合わせているだけに「あくまでも1つの意見だから」と簡単に聞き流すことはできないはずだ。
灼熱地獄の中でのNagekomiはクレージーだ
ちなみにFOXスポーツは、違った観点からも日本の高校生投手の球数問題を切り込んでいる。それは「日本の高野連は『暑過ぎる夏』のことを考えていない」というものだ。かつて日本の中日ドラゴンズにも所属した元ワシントン・ナショナルズのマット・ステアーズ氏は専属アナリストを務めるFOXスポーツの番組内で、次のように述べている。
「日本の夏の気温が年々増していることは、ここ米国でもニュースで大きく取り上げられている。今夏の甲子園はグラウンドでの体感温度が45度以上になることが多々あるとも聞く。そんな灼熱地獄の中で日本の高校生投手がNagekomiを行っているなんて、考えただけでも恐ろしい。クレージーだ。不測の事態が起こってからでは遅い。高野連は今すぐ球数制限を設けるか、もしくは大会の開催そのものを秋に変更するなど、さまざまな面を考え直したほうがベターではないのだろうか」
さすがに約2週間も大会開催に費やす「夏の甲子園」を高校の授業期間中である秋に変更することは極めて難しいだろう。とはいえ、ひと昔前と違って35度以上の猛暑日が当たり前となっている日本の夏場に過度な投げ込みを行えば、ステアーズ氏の指摘するように「不測の事態」が起こってしまう危険性が絶対にないとは言い切れない。日本の気候の変化に伴ったルール整備、あるいは対応策の導入を大会主催者の高野連は検討しなければならない時期に来ていると言えそうだ。
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