メジャー飛び級で日本野球界への退路を断たれた男の天国と地獄――田澤純一:臼北信行のスポーツ裏ネタ通信(1/3 ページ)
「田澤ルール」というものをご存じだろうか。日本のドラフトを拒否してメジャーに挑戦した田澤投手は、帰国しても2年間は日本のプロ野球チームと契約できないのだ。
著者プロフィール:臼北信行
日本のプロ野球や米メジャーリーグを中心としたスポーツ界の裏ネタ取材を得意とするライター。WBCや五輪、サッカーW杯など数々の国際大会での取材経験も豊富。
メジャーリーグの頂点の座を争うワールドシリーズが大きな盛り上がりを見せている。ボストン・レッドソックス対セントルイス・カージナルスの頂上対決だ。
米調査会社ニールセンの調査によれば、2013年10月23日の第1戦は全米で1440万人もの視聴者がくぎ付けとなったという。これは昨シーズンと比べて18%増だというから相当な注目を集めていると言っていいだろう。
レッドソックスの守護神・上原浩治投手が八面六臂(はちめんろっぴ)の活躍(参照記事)でチームをけん引していることから、日本でもメジャーファンのみならず普段あまり野球に興味のない人たちも海の向こうの激闘を報じるニュースを目にしている機会はきっと多いはずだ。
そして、そのレッドソックスの中でプレーするもう1人の日本人メジャーリーガーを忘れてはいけない。セットアッパーの田澤純一投手だ。上原の活躍のほうがどうしても大きくクローズアップされる傾向があるが、彼の奮闘ぶりももっと評価されてしかるべきだろう。
タズはトップクラスのセットアッパー、宝物だ
今季の田澤は、開幕メジャー入りを果たすと自己最多の71試合に登板。中継ぎとして「勝利の方程式」の一角を任され、最速97マイル(約157キロ)の速球と切れ味抜群のスプリッター(フォークボール)を主武器にメジャーリーグの強打者たちを次々にねじ伏せていき、昨季地区最下位に沈んでいたチームの躍進に大きく貢献した。
地区シリーズ、リーグ優勝決定シリーズのポストシーズン10試合でも計8試合に登板し、防御率1.80をマーク。ジョン・ファレル監督からも「タズ(田澤の愛称)は間違いなくメジャーリーグの中でもトップクラスのセットアッパー。トレジャー(宝物)だ」と絶賛されている。
その田澤が10月23日、メジャー5年目で初めてワールドシリーズの大舞台に立った。
「社会人(野球)からここに来て、この舞台に立てるとは夢にも思わなかった。正直、うれしい」
これは決戦を前に心境を問われた田澤が感無量の表情とともに発したコメントだ。ここに至るまでさまざまな荒波に飲み込まれそうになり、想像を絶するような苦しみにさいなまれていたからこその本音だった。
振り返ってみれば、田澤はメジャーの世界に身を投じた最初から退路を断たれていた。社会人野球チームの新日本石油ENEOSからメジャーリーグ挑戦の意思を表明したのが2008年9月。日本の多くの球団が「ドラフトの大物」として獲得リストに名前を上げていたが、一刻も早くメジャー入りの夢を実現させたい田澤は日本でのプロ入りに関心すら寄せなかった。
12球団あてにドラフトの指名を回避するように求める文書を早々と送付し、レッドソックスと同年12月に3年総額300万ドル(約3億円)で契約。日本のアマチュア選手が大リーグ昇格の前提となるロースター(40人枠)への登録が保障されるメジャー契約を結んだのは、これが初めてのことだった。
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