「ななつ星in九州」に見る、乗客をつくるビジネス:杉山淳一の時事日想(4/6 ページ)
鉄道会社が観光列車開発に力を入れ始めた。日本に新たな旅の文化が生まれたと言っていい。こうした「鉄道で遊ぶビジネス」は、鉄道会社が苦手としていたが、他の業界では当たり前のことだった。
列車のこない路線に乗客を作る
JR九州の次のチャレンジは、閑散としたローカル線に乗客を生み出す施策だ。沿線の観光資源に注目し、そこに向かう観光列車を走らせる。既存の車両を改造して経費を抑える一方で、居心地の良い空間を演出し「乗りたい」と思わせる列車を作る。ここでJR九州にとって幸運だったことは、水戸岡鋭治(みとおか・えいじ)氏というデザイナーの存在であった。1988年に海の中道の観光需要に合わせて「アクアライナー」という列車を走らせた。これがJR九州と水戸岡氏の初仕事だ。
「アクアライナー」は今の水戸岡デザインからすると地味だ。しかし、車両の顔つきを改造し、車内は黒と白を基調とした。鉄道車両としては斬新だった。バブル景気の中、若い世代に黒い家具や家電が流行していた。その流れに通じるものがあるとはいえ、鉄道車両の常識を変えた。水戸岡氏のアイデアだけではなく、それを採用したJR九州の英断だ。その英断も、JR九州の「話題作りで乗客を作る」という目標があってできた。
その後、JR九州のユニークな観光列車たちは、デビューするたびに話題となり、メディアにも登場し、鉄道ファン以外に広く知られる存在となった。「ゆふいんの森」は博多から別府、由布院へのバス便の客を取り戻し、いさぶろう・しんぺい(肥薩線)、はやとの風(肥薩線)、指宿のたまて箱(指宿枕崎線)、海幸山幸(日南線)では閑散としたローカル線に満席の列車を走らせた。まさにゼロ需要からの開拓であった。また、A列車で行こう(三角線)では、現地のバスやフェリーなどと連絡し、天草観光そのものの需要掘り起こしに成功している。
「ななつ星in九州」については、車両製作だけでも総額30億円というプロジェクトだ。経営事情が厳しいJR九州にとって、博打のような企画は許されない。なぜ「ななつ星in九州」が誕生できたか。それは、JR九州が長年取り組んできた「乗客を作る」という発想の転換と、これまで実施してきた観光列車の成功があるからだ。
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