「ななつ星in九州」に見る、乗客をつくるビジネス:杉山淳一の時事日想(5/6 ページ)
鉄道会社が観光列車開発に力を入れ始めた。日本に新たな旅の文化が生まれたと言っていい。こうした「鉄道で遊ぶビジネス」は、鉄道会社が苦手としていたが、他の業界では当たり前のことだった。
お客さんがいなければ作ればいい
靴の営業マンが新規開拓に向かったところ、その地域では誰も靴を履いていない。それを見て、「この地域は靴を履く習慣がないからビジネスにならない」と思うか「みんな裸足から靴が売れるに違いない」と思うか、どちらが成功するだろう。という、よく知られた小話がある。
かく言う私も、PCゲーム雑誌の広告営業マンだったころは、何件かのお客さんを作った。アマチュアとはいえ、クオリティの高いゲームが編集部に持ち込まれると、編集長やデスクから「売れるように手伝ってあげたい」と相談される。そこで私は、ふだんから情報交換していたゲーム流通会社の担当者に紹介する。ゲーム開発者に対してゲームソフトを販売する段取りをアドバイスしてもらうためだ。そして実際に販売が決まると、1回か2回の広告を出してもらった。ゲームメーカーからの広告出稿依頼を座って待っているだけでは、この売り上げは発生しなかった。
これまでの鉄道会社は、駅にやってくる乗客の動向に合わせて車両や駅を整備し、ダイヤを調整してきた。マーケティングといっても、旅客動向を調査して、それに合わせた輸送サービスを提供するにすぎなかった。鉄道は移動する道具であり、乗客は通勤などの用向きのために移動する。乗客は列車に乗りたくて乗っているわけではない。移動しなくてはいけないから、安全に移動したいから、時間に正確に行動したいから、という理由で鉄道を選び、仕方なく乗っている。鉄道会社の多くはそう考えている。そこには「鉄道は移動の道具に徹する」という哲学があるようにも思える。
JR東日本のカシオペア、JR西日本のトワイライトエクスプレスにしても、「夜行で移動する需要はまだある」「快適な列車で札幌−東京(大阪)を移動したい需要はありそうだ」という、既存の夜行列車の延長だ。でも、なんとなくあか抜けない印象もある。その理由は、新たな旅客需要を生み出そう、という意気込みがないからだろう。カシオペアの食堂車のコースメニューはいつまでたっても同じ。トワイライトエクスプレスの設備は豪華といっても古い車体のまま。リピーター需要に応えていない。このままでは少子化以前に先細りだ。
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