なぜ四日市市は「電車」にこだわったのか――私たちが忘れてはいけないこと:杉山淳一の時事日想(2/4 ページ)
民間企業の鉄道会社が「赤字路線をBRTに転換したい」と申し入れ、自治体が「鉄道を維持してほしい、カネは出せない」と受け入れない。そんな膠着状態を経て、近鉄内部線・八王子線の問題は、鉄道での存続が決まった。なぜ四日市市は鉄道に固執したのか。
四日市市の理不尽な要求の背景
それにしても、なぜ四日市市は鉄道にこだわったのだろうか。当初は「カネは出さないけど鉄道は残せ」と強情を張り、結果としては巨額の負担金をのんだ形だ。四日市市の考え方は理解しにくい。
しかし、最近、取材旅行記をまとめた時に気づいた(参照リンク)。八王子線の終点西日野駅に到着する電車の向こうに高い煙突が立ち並び、白い煙が出ている。四日市コンビナートである。これだ。これが四日市市が鉄道を残したかった理由ではないか。
四日市市はなぜBRT転換を拒否し、鉄道を望んだか。それは四日市市がかつて、大気汚染による公害病「四日市ぜんそく」の街だったからである。四日市市は鉄道というより「電車」を残したかった。なぜなら、バスは排気ガスを伴い、電車にはそれがないからだ。
「四日市ぜんそく」とは、四日市コンビナートからの排気ガスを原因とする呼吸器疾患を指す。コンビナートが稼働した1960年ごろから、四日市市の塩浜地区を中心に住民が健康被害を訴え、疫学的調査の結果大気汚染との関連性が認められ、認定患者に医療給付が始まった。しかしこれは対症療法に過ぎず、生活環境の改善には至らなかった。認定患者の死者は1000人に迫り、認定に至らない乳幼児を含めると、犠牲者は1000人を超えていたという。この中には病苦や行政への抗議の自殺者、治療や介護などの家族への負担を苦にした自殺者もいたという。
1967年に被害住民によって原因企業に対する四日市公害訴訟が起きた。5年にわたる裁判は1972年に原告側勝訴となり、判決文に行政の責任も記載された。これをきっかけに認定患者への生活補助や、コンビナート側の「高煙突化、燃油原料の変更」など、官民挙げての対策が行われた。
四日市市がバスより電車を望む理由は大気汚染を看過できないから。お金を出せない理由は、公害対策を重視した結果、他の社会インフラの整備が後回しとなっていたから。そう考えると、四日市市の気持ちが理解できる。
「電車をやめて、バスにしませんか」という近鉄の提案は、大気汚染と戦ってきた四日市市にとって残酷な提案だった。「燃料電池バスにします」とか「バッテリー式バスにします」という提案ができたら、四日市市は違う反応をしたかもしれない。
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