「奇跡の現場」を生み出した男に聞く、働くとは?:働くこと、生きること(後編)(1/2 ページ)
新幹線の車内清掃を7分で終わらせるJR東日本テクノハートTESSEIの技術が、世界的に注目されている。かじ取りをしている矢部輝夫氏は、どのようにして社会の仕組みを学んでいったのだろうか。
働くこと、生きること:
終身雇用が崩壊し、安定した生活を求め公務員、専業主婦を目指す人が一定数いる一方、東日本大震災などを経て、働き方や仕事に対する考えを大きく変えた人は多く、実際に働き方を変えた人も増えている。仕事一辺倒から、家族とのかかわり方を見直す人も多くなっている。
さまざまな職場環境に生きる人々を、多数のインタビュー経験を持つ印南敦史が独自の視点からインタビュー。仕事と家族を中心としたそれぞれの言葉のなかから、働くとは、生きるとは何かを、働くことの価値、そして生きる意味を見出す。
この連載『働くこと、生きること』は、2014年にあさ出版より書籍化を予定しています。
印南敦史(いんなみ・あつし)
1962年東京生まれ。ライター、編集者、コピーライター。人間性を引き出すことに主眼を置いたインタビューを得意分野とし、週刊文春、日刊現代、STORYなどさまざまな媒体において、これまでに500件におよぶインタビュー実積を持つ。また書評家でもあり、「ライフハッカー」への寄稿は高い評価を得ている。
新幹線の清掃を行うTESSEI(テッセイ)はかつて「きつい・汚い・危険」の3K職場で、誰もやりたがらない仕事だった。JR東日本から赴任してきた矢部輝夫氏は「あなたたちは掃除のおじちゃん、おばちゃんじゃない。お客様に旅の思い出をお持ち帰りいただく場を提供しているんだ、みんなの仕事はおもてなしだ」と伝えてメンバーの意識を変え、今や「日本のおもてなし」として米国、フランス、エジプト、韓国などから視察が訪れるなど、世界的に注目される、人が生き生き働く現場をつくり上げた。
少年時代の記憶、それはのちの矢部さんに大きな影響を与えることになった。
「私が小学5年生くらいのころ、父が事業に失敗したんです。そこから生活が苦しくなり、父と一緒に母も汗水垂らしながら働くことになったんですね。幼かった私は、泥だらけになって働く母の姿を見てきた。そのとき、貧乏ながらも仕事に精を出し、家族が一緒に世の中を歩んでいるんだなと思ったものです。そしてそんな経験があるから、新幹線清掃のおばちゃんたちを見ていると、心のどこかで母の姿とだぶってしまうんです」
家の状況を目の当たりにしていたから、高校卒業後は大学進学を諦めて国鉄に就職することを決意した。このときから、やがてテッセイにつながる道のりがはじまったといっても過言ではない。
「最初は旧鉄道管理局に配属されて、真っ黒になってSLのボイラーを磨いたり、釜たきをやったり実務に携わってきました。もちろんその過程では、『辞めたい』と思ったことは何度もありました。でも辞めたら生活に困ることは分かっていましたし、なにより家族を養うことができなくなってしまう。だから理不尽なことや悔しい思いを何度も経験しながらも、なんとか踏んばったんです」
偉くなってから、言いたいことを言えばいい
仕事を通じて感じたのは、鉄道の世界が「上位下達」だということ。いまの言葉でいうトップダウンだ。そしてそんななかから、若き矢部青年は社会の仕組みを学んでいった。
「組織というものは、上位下達でないと動いていかないものなのだということを理解しました。ですから、いまもよく若い人たちに話すんです。『いまの組織はおかしいと思うだろ? 俺も思うんだ。でも、最初から文句を言うな。最初に言ったら、間違いなく叩かれるから。だから、いまは偉くなることだけを考えろ。偉くなってから、言いたいことを言えばいいんだ』ってね」
若手の気持ちに寄り添えるのは、自身が悔しい経験を通過してきたからだ。その時々で立場は変わっても、上に立って「こうやれ!」ではなく、部下たちがどう思っているかを最優先した。
「ふんぞり返ってるような人もいましたけれど、私はそうするつもりはまったくなかった。みんなと一緒に現場を回って、問題点を見つけたらそれについて議論したり、そういうことの積み重ねが大切だと思っているんです」
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