「奇跡の現場」を生み出した男に聞く、働くとは?:働くこと、生きること(後編)(2/2 ページ)
新幹線の車内清掃を7分で終わらせるJR東日本テクノハートTESSEIの技術が、世界的に注目されている。かじ取りをしている矢部輝夫氏は、どのようにして社会の仕組みを学んでいったのだろうか。
自分の役割を見出し、生きることの素晴らしさを実感する
だから、過去に自分が上司からやられて「これは違う」と感じたことは、下の人間に対して絶対にしないと決めている。
「あとは約束を守ることですね。飲み会の席で『いいじゃないか』と言っただけの些細なことであっても、約束したことは絶対に守る。そして最善を尽くす。でもね、やってみてできなかったという場合もあるわけです。そういうときは素直に『申し訳ない、やったけれどできなかった』とちゃんと話す。そうすれば、気持ちは伝わるものです」
もちろんその姿勢は、新幹線清掃をしてくれているスタッフに対しても同じだ。
「テッセイに来たばかりのころから、私は現場で働いてくれている掃除のおばちゃんたちに、不満や希望を聞いて回っていたんです。そこでいいアイデアが出たら、『よし、それをやろう』と認めるようにしていた。だから、陰で『ほら吹き矢部』と言われていたこともありました(笑)。それはちょっと傷つきましたけど、私が本気でやろうとする姿を見るうちに、分かってくれたみたいですね。『聞いてくれるだけで満足なんだから、本当にやろうとしなくてもよかったのに』と言われたときは、『そうか、女性ってそういうものだよな』とも感じましたけど(笑)」
笑いながら話す矢部さんを見ていると、「働くことを楽しんでいるな」と思えてくる。矢部さんにとって、「働く」とはどういうことなのだろう?
「たとえどんな仕事であったとしても、世の中に自分の役割を見出し、生きることの素晴らしさを実感すること、それが『働く』ということだと思っています。それに私には、国鉄に入社したときから変わらない思いがあるんです。鉄道を愛していましたので、好きな仕事ができるということには感謝しなければいけないと思っていたんですね。そしてそのなかには必ず自分の役割があると、そう言い聞かせながら40年を勤め上げたわけです」
そんな思いが結果的に、「奇跡の職場」を生み出すことになった。
矢部輝夫(やべ・てるお):
株式会社JR東日本テクノハートTESSEI おもてなし創造部長
1966年、日本国有鉄道入社。以後電車や乗客の安全対策の専門家として40年以上勤務し、安全対策部課長代理、運輸車両部輸送課長、立川駅長、運輸部長、運輸車両部指令部長などを歴任。2005年、鉄道整備株式会社(2012年に株式会社JR東日本テクノハートTESSEIに社名変更)取締役経営企画部長に就任。
従業員の定着率も低く、事故やクレームも多かった新幹線清掃の会社に「トータルサービス」の考えを定着させ、日本国内のみならず海外からも取材が殺到するおもてなし集団へと変革した。2011年、専務取締役に就任。2013年に専務取締役を退任、おもてなし創造部長(嘱託)となり、現在に至る。
TESSEIを取り上げた『新幹線お掃除の天使たち』は10万部、矢部氏の著書『奇跡の職場』は3万部を売り上げるベストセラーになり、注目を集めている。
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