新幹線開業の日、「ひかり2号」が時速210キロを出せたワケ:杉山淳一の時事日想(3/4 ページ)
昭和39年の東海道新幹線開業日、ある秘策で“時速210キロ”を出しながら、なぜか山手線に“追い越された”。鉄道ファンには有名なエピソードについて、当時の運転士がその本当の理由を語った。新幹線愛である。
「時速210キロ運転実現」の真相
さて、大石氏は当初の運転計画に沿わず時速210キロメートル運転を実行した。しかし、これは服務規程違反ではない。前述のように、遅延回復のための時速210キロメートル運転は認められていた。大石氏がさまざまなメディアで語っているように「時速210キロ運転を期待しているお客様がたくさん乗っていらっしゃる。苦労して並んで、高いきっぷを買ったかもしれない。その期待に応えたかった」という。そして、彼が時速210キロメートル運転を「合法的」に実行した手順が面白い。
上り「ひかり2号」は、米原を過ぎると長いトンネルに入る。大石運転士はここで限界まで減速したのである。「あれ、おかしいな、調子が悪いな」とつぶやいたとか、つぶやかなかったとか。なにしろ開業一番列車である。二人の運転士の間に、指導運転士、つまり、直上の上司も乗っていた。叱られるかもしれない。もっとも、開業ギリギリまでトラブル続きだったから、このフェイクは通用した。トンネルの中だから、遅く走っても乗客にはバレないだろう、と思ったそうだ。そしてトンネルを出たとたん、猛然と「回復運転」を実行した。これが時速210キロメートル運転を実現した真相だった。
関氏も「名古屋から先もやったな。各駅間で」と茶目っ気たっぷりに話す。報道陣が入れ替わり立ち替わりやってくる。途中駅で降りて速報を書く記者もいれば、交代で乗ってくる記者もいる。誰もが速度計を見守っていた。ビュッフェにも速度計があり、乗客が「いつ210キロメートルを出すのか」と従業員に詰め寄っていた。ビュッフェが大混雑で危険だという知らせもあって、彼らの気持ちを後押しした。
もっとも、大石・関チームの仕業は、新幹線関係者もちょっと期待していたかもしれない。新幹線に関わった人々は皆、時速210キロメートル運転のためにがんばってきた。しかし開業直前になって、国鉄上層部から「大事を取って、時速160キロメートルで運転せよ」というお達しがきた。これには新幹線チーム全員が悔しがっただろう。しかし上からのお達しである。無視できない。
「ボクが一番列車の運転士に選ばれた理由はね、たぶん、アイツならやってくれるんじゃないか、というホンネがあったのかも」と大石氏は語る。運転指令も上司も、タテマエでは「時速160キロメートルだぞ」と言いつつ、「やんちゃな性格の運転士ならやっちゃうかもな」という胸算用があったのではないか、というのだ。そう思う根拠として、となりにいた指導運転士は、大石運転士の運転にクチを出さなかったそうだ。
本来、開業一番列車の運転士は、実績のあるベテランに与える名誉だ。しかし、当時の大石・関チームは30代前半であった。「やるなよ、やるなよ」の真意は、「やってくれ」だったかもしれない。そんなダチョウ倶楽部のお約束みたいな話が、お堅い国鉄内部で起きていたとは面白い。ただし、この解釈は憶測に過ぎない。確認しようにも、大石・関チームの当時の上司は昨年他界しているからだ。これも残念なことである。
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