「普段と同じ」をさりげなく 東急多摩川線の「キヤノンダイヤ」が見事:杉山淳一の時事日想(4/5 ページ)
この夏、東急電鉄が興味深い施策を行った。7月7日から9月26日まで、平日早朝に東急多摩川線と池上線で増発した。その理由は意外にもキヤノンが関係していたらしい。調べてみたら、これはなかなか粋な施策だった。
「特にキヤノンさまから要請があったわけではなく、当社で自主的に決定しました。キヤノンさまだけではなく、夏季に就業時刻を繰り上げる企業が増えているため、実際に朝のお客さまが増えているようです」
しかし、日付の一致は偶然ではないと思う。キヤノンの就業時刻もきっかけのひとつだったに違いない。ただし、東急電鉄のいう「就業時刻を繰り上げる企業が増えている」も事実だ。東日本大震災後の電力不足の影響で、夏の間、労働時間を変更する企業は多かった。厚生労働省も節電のための労働時間の変更や労使協定の解釈に理解を求めるよう呼び掛けている。
キヤノンにも聞いてみた。
「東急電鉄さまに正式な要請はしていません。ただし、同じ地域の企業ですから、担当者レベルのお付き合いの中でお伝えしていると思います。当社の下丸子事業所は約6000人の従業員がおりまして、その人数が30分も繰り上げますと、ピークタイムが変わってご迷惑をおかけするかもしれませんので……」
何と、下丸子事業所には6000人も働いているのだ。もちろんすべてが東急多摩川線の利用者ではないだろうけれど、かなりの人数だ。ちなみにキヤノンは地域の町内会にも通知しており、町内会の掲示板に掲出されていたという。「通行人がいつもより30分早く増えます。ご迷惑をお掛けしします。よろしくお願い申し上げます」という内容だ。日付は5月だった。情報としては公式発表より前に伝わっていたと思われる。
キヤノンの「よそさまにご迷惑をお掛けしたくない」という姿勢には好感を持てる。
そして6000人は東急電鉄にとっては聞き捨てならぬ数字である。電車の運行に影響は出そうだ。正式な要請はなくても、社員の誰かが知っていて、その情報連携がしっかりできた。だから増発が可能になった。これは東急電鉄の見事な対応だ。いや、もしかしたらかなり前から周到に用意していたダイヤかもしれない。キヤノンの就業時刻変更は東日本大震災後、2011年の夏からだ。あらかじめ用意して、今年も就業時刻を変更すると確定してから実行に移した。どちらにしても東急の対応は良いと思う。
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