新幹線開業前、ストロー現象という“幻痛”に惑わされるな:杉山淳一の時事日想(3/4 ページ)
都市間をトンネルや橋、高速鉄道で便利にすると「ストロー現象」が起きる。大都市の経済力に小都市の経済圏が引き寄せられ、小都市が衰退すると信じられている。本当にそうだろうか。少なくとも過去に開通した新幹線開業では、そうした事態は確認できなかった。
新幹線開通は影響する?
1982年に東北新幹線が大宮〜盛岡間で開業した。大宮〜仙台間の所要時間は約1時間20分。在来線特急に比べて約3時間も短縮した。瀬戸大橋開業前だからストロー現象という言葉はなかった。この時期を挟んだ仙台市の人口を調べると、1980年の国勢調査では85万7335人、1985年は91万8398人。事業所総数は1981年が4万1147件。1986年は4万7190件。どちらも増えている。
2010年に東北新幹線が延伸した青森市の人口は、2005年の31万1508人から2010年の29万9429人へ減小。青森市では商業事業者数を公開しており、2005年は4196件、2011年には2654件と激減。ただし人口は少子高齢化、若者の地方離れなど全国の地方都市に共通の減り方かもしれない。商業事業者数は2011年の東日本大震災の影響を考慮する必要があり、一概にストロー現象とは言いがたい。
1997年に長野新幹線が開業した長野市。人口は1995年の国勢調査で約38万7359人、2000年も38万7911人。552人の増加は大きな動きとは言えない。事業所数は1996年に2万1711件、2001年は2万1587件と微減。製造業が落ち込み、サービス業が増えている。1998年に長野オリンピックがあり、その効果も合わせて考える必要があるとはいえ、これもストロー現象とは言えない。
長野新幹線沿線のストロー現象は土木学会が検証
長野新幹線については、ストロー現象を統計的に検証した論文がある。土木学会が2005年12月に発表した「高速交通機関がもたらすストロー効果に関する研究〜長野新幹線沿線を対象とした統計データによる検証〜」だ。著者は早稲田大学理工学部教授の浅野光行博士と早稲田大学大学院の小野政一氏。
この論文では、ヒアリング調査に基づいて、ストロー効果の可能性を「労働力の流出」「企業の流出」「観光客の減少」「買い物客の流出」「人口の流出」にあると仮定し、統計データで検証している。結果は、労働力については「南関東への流出があるが顕著ではない」。企業については新幹線沿線は増加、非沿線都市は減少。観光客については「堅調」でむしろ好影響。買い物客はファッション商品(衣類)に注目し、商品販売額は増加し「ストロー効果は現れていない」と断定した。
人口の流出については、新幹線開業後、長野市は毎年約1000人が南関東へ流出。ただし軽井沢は増えている。また、新幹線沿線と非沿線の傾向が似ていることから、人口減少は新幹線沿線に限った減少ではなく「ストロー現象と断定できない」。
軽井沢の人口増加と南関東への労働流出の増加には思い当たることがある。「新幹線通勤」だ。軽井沢は別荘地としては高級だが、都心の住宅地と比較すると地価は安い。だから軽井沢に定住し東京へ通勤する人が現れた。
結論は「長野新幹線は沿線地域に好影響をもたらし、ストロー効果は現地の人々が思っていたより大きくない」だった。ただし、「良い影響が開業前から噂されている」ため、「少しでもマイナス影響が出るとストロー効果だと騒がれる」と考えられるという。
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