GoogleがSpaceXに巨額出資、その先に描くビジョンは?:宇宙ビジネスの新潮流
2015年に入って早々、宇宙ビジネスを巡る大きなニュースが飛び込んだ。Googleなどがイーロン・マスク氏率いるSpaceXに10億ドルを出資したのだ。その背景にあるのは――。
米Googleが米資産運用大手Fidelityとともに、米SpaceXに10億ドルを出資することが1月20日に発表された。その目的は地球規模での衛星によるインターネット網の構築と言われる。Googleは、かねてより地球規模でのインターネット接続環境構築を推進しており、成層圏など高層大気に放たれる高高度気球を活用した「Project Loon」の推進や、無人航空機メーカーの米Titan aerospaceの買収などを進めてきた。
一方のSpaceXも、創業者兼CEOであるイーロン・マスク氏が昨年から地球規模での衛星インターネット構想を掲げてきた。具体的には、高度1200キロメートルの軌道に数百機の小型衛星を配備し、高速でレイテンシが低い衛星インターネット通信網を構築することを検討しており、構築には10年以上の歳月と100億ドルの費用を見込んでいる。今回の件は衛星網構築のための資金調達と考えられている。
マスク氏は「SpaceXにとって衛星インターネット事業は長期的な収入源と見ており、将来的な人類の火星移住計画の資金源になる」と語る。想定市場は従来ネット環境の整っていない国や地域だ。また「宇宙空間での光の速度は地上の光ファイバーより40%早く、無数のルーターなどを通る必要もない」と考えており、将来的にはインターネット上の長距離トラフィックや低人口密度な地域のネット環境も対象だ。
既にスタッフ60人ほどでシアトルに新オフィスを立ち上げている。3〜4年以内には1000人規模へと拡大することを目指し、エレクトロニクス、ソフトウェア、パワーシステム系のエンジニアを積極的に集めている。目下の最大懸念は、無線周波数帯の権利だ。現時点でSpaceXはサービス提供のための周波数帯権利を保有していないと目されており、マスク氏は「部分的にレーザー技術に頼る」と語っているが、明確な対応策や方針は示されていない。
激化する衛星インターネット競争
同様な計画を持つプレイヤーはほかにも存在する。米半導体大手のQualcommと英Virgin Groupが共同出資した高速衛星通信網ベンチャーの米OneWebだ。OneWebのCEOのグレッグ・ワイラー氏は、過去10年以上にわたりインターネットに接続したことのない“Other three billions”のためのネット接続環境構築を進めてきた人物だ。2008年に自ら米O3b Networksを創業、2014年にはOneWebの前身となるWorldVuに参画した。
OneWebでは、285ポンド(約130キログラム)と軽量の衛星を、高度1200キロメートルの軌道に648機打ち上げ、地上側には専用ターミナルを設ける計画だ。ユーザーはOneWebと協業する通信事業者のLTE、3G、WiFiなどの回線を通じて専用ターミナルに接続し、OneWebのネットワークを利用する。総費用は約20億ドルと憶測されている。衛星自体の製造も組み立てラインで作ることで35万ドル/台に抑える計画だ。OneWebは米SkyBridgeが保有していた周波数帯域の権利を獲得しており、2018年のサービス開始を目指して、30人程度のエンジニアで衛星、地上局、ソフトウェアなどの開発を進めている。
OneWebのワイラー氏とGoogleとSpaceXの関係は複雑だ。Googleはワイラー氏が創業したO3bを2010年に買収し、それとともにワイヤー氏もGoogleに参画したが、その後袂を分かつことになった。その後ワイラー氏はSpaceXのマスク氏と協業を模索したが、根本的なアーキテクチャの考え方の違いから競合関係となった。OneWebに出資したVirgin groupのリチャード・ブランソン氏は「ワイラー氏は周波数帯権利を有しており、論理的に考えればSpaceXはOneWebと協業せざるを得ない」と語っており、衛星インターネットを巡る競争が激化している。
過去には大失敗も……
熱を帯びる衛星インターネット構想だが、過去に苦い類似事例も存在する。最も有名なのは90年代に米Motorolaが推進した衛星による携帯電話システムのイリジウム計画だ。同計画では高度780キロメートルの地球低軌道に77個の衛星を打ち上げ(実行段階で66機と予備機6機の72機に修正)、コンステレーションを組み、地球規模での衛星携帯電話システムを構築することを目指した。当時CEOのロバート・ガルビン氏がトップダウンでリードしたこともあり構想発表時には世界が驚嘆した。
1991年に別会社としてIridium LLCを設立した後、1992年のWRC(世界無線通信会議)の前身の会議体で行われた世界共通での周波数帯の割り当てを経て、1995年にはFCC(米連邦通信委員会)から事業認可を受けた。その後1997年から1998年にかけて順次衛星が打ち上げられて、1998年から商用化が始まった。
しかしながら、ハンドセット自体が大きく高額だったことなどもあり、獲得加入者数は当初計画50万人に対して、数万人にとどまった。また当初から懸念されていたインフラ投資負担の重荷も重なり、事業開始後わずか1年で破産手続きへと追い込まれ、投資費用の100分の1以下で売却された。背景にはイリジウム計画が構想から実現までの10年を要している間に、セルラー方式による携帯電話システムの技術が進化し、利用可能地域も拡大したことが大きい。
今回Google、SpaceX、OneWebが掲げる衛星インターネット構想は、過去のイリジウム計画などと比較しても規模が大きく、非常に野心的なプロジェクトだ。実現には、巨額投資のみならず、既存の無線通信技術を超える周波数資源の利活用やダイナミックコントロールなどのブレークスルーも求められる。将来的に、衛星インターネット、セルラー、光ファイバーがどのようにすみ分けあるいは競争をしていくのか、今後の動向を注視していきたい。
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