「ケータイを持たせない」という選択(2):小寺信良「ケータイの力学」
子供のケータイ所持を規制する石川県の条例は、希有な成功例を基にしていることは前回紹介した。その成功例である石川県野々市町で実施されている「プロジェクトK」の実態は、ケータイそのものを悪とするようなものになっていた。
石川県野々市町が、ケータイ不所持運動の希な成功例であること、そしてその理由を前回述べた。このケータイ不所持運動「プロジェクトK」の実態を調査するため、町民の方にもお話を伺ってみた。
実際にお子さんが野々市町の中学に通っているというKさん(仮名)にお話を伺うことができた。野々市町にはまったく手づるがなかったのだが、そこはネットの良さである。Twitterで野々市町にお住まいの方を募集したところ、たまたまKさんが取材に応じてくださることになった。インタビューの全文は、もっとグッドネットのサイトに掲載してあるので、併せてお読みいただきたい。
周りに持っている子が少ないから、ケータイを欲しがらない
Kさんは取材前に、同級生のほかの保護者の方にもヒアリングしてくださっていたので助かった。お話を伺ったところでは、プロジェクトK自体の認知度は、保護者間では必ずしも高くはないようだ。駅などに張り出されるポスターでなんとなく知っている程度で、具体的な活動は意識したことはない、という。
子ども自身がケータイを欲しがらないのか、という点に関しては、早くからの取り組みのせいもあって周りに持っている子が少ないため、あまりケータイが欲しいという話にならないようだという。
この現象に関しては、モバイル社会研究所の「世界の子どもとケータイ・コミュニケーション 5カ国比較調査」に調査報告があった。調査によれば、仲の良い友達にケータイ保持者が増えるほど、ケータイを欲しがる度合いが増す、というものである。
これは、「みんなDS持ってるから僕も買ってー」という子どもらしい理屈とは少し意味合いが違っている。ケータイはコミュニケーションツールであり、コミュニケーションの相手は当然仲の良い友達である。つまり、友達に所持者が増えるほど、加速度的に利便性が向上するわけである。このような現象を、同書では「ネットワーク外部性」という言葉でくくっている。
ケータイそのものが悪なのか
しかしその反面、意外な事実も浮かび上がった。野々市町の調査では、中学生の携帯所持率は低い水準を保っているということであったが、高校生の所持率は全国平均とほぼ同じで90数%程度まで一気に跳ね上がる。知り合いの保護者の方にヒアリングしていただいた話では、野々市町でも中学3年生になると、ほぼ半数近くの子どもがケータイを所持するという。
前出の世界の子どもとケータイ・コミュニケーション 5カ国比較調査でも、年齢別ケータイ所持率を調査しており、小中までは都市部のほうが地方部よりも所持率が高いが、高校になると地方部も都市部と同じ水準になるという結果が出ている。
安心ネット促進協議会のシンポジウムで、2009年は日本各地の状況を視察することができたのだが、地方部での高校生のケータイ所持率は、時には全国平均を上回る地域もあることが分かった。もはやケータイが地方部の生活にとって必需品であるということである。高校生ともなると、行動範囲がその水準に達するということであろう。
野々市町の所持率調査と現実が乖離している点に関しては、おそらく所持率調査に対して正直に回答していないのではないか、ということであった。おそらくそのヒントは、プロジェクトKの活動の一環として公募されたポスターにも現われている。
このような活動は、多くの人を巻き込めば巻き込むほど、あるいは活動が長期化すればするほど、往々にして目的や手段が単純化し始める。本来問題なのはネットを使って悪事を働く者であるはずなのに、ケータイそのものに対して悪であるといった感情を抱かせるような表現に落ち込んでしまっている。
プロジェクトKの活動母体となっている「“ののいちっこを育てる”町民会議」の公式サイトでは、ケータイから蛇のような牙やシッポが生えたイラストが表紙を飾る。「蛇蝎のごとく」とはこのことであろう。これでは、「ケータイを持たせている」とはなかなかアンケートには書けない保護者の気持ちも分かる。
このような嫌悪感情をケータイ端末そのものに転嫁するような活動は、まず次世代のスタンダードにはなり得ない。これに乗せられて今年条例まで作ってしまった石川県は、今のうちから軌道修正を図らないと、近い将来困ったことになるだろう。
小寺信良
映像系エンジニア/アナリスト。テレビ番組の編集者としてバラエティ、報道、コマーシャルなどを手がけたのち、CGアーティストとして独立。そのユニークな文章と鋭いツッコミが人気を博し、さまざまな媒体で執筆活動を行っている。最新著作は津田大介氏とともにさまざまな識者と対談した内容を編集した対話集「CONTENT'S FUTURE ポストYouTube時代のクリエイティビティ」(翔泳社)(amazon.co.jpで購入)。
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