コラム

「Suicaのペンギン」卒業騒動にまつわる背景と誤解 JR東日本に聞いた

Suicaの機能刷新に伴って「Suicaのペンギン」が“卒業”する――主に東日本エリアで波紋を広げたこのニュース。実は、Suicaのペンギンには“原作”があります。

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 2026年度末に「Suicaのペンギン」が“卒業”する――ここ数日、SNSでは大騒ぎになっています。“卒業”を撤回すべく、オンラインサイトで署名を募る動きも見受けられます。

 ただ、署名活動を含めてSNS上の反応には“誤解”に基づくものが少なからずあります。事実を整理して、Suicaのプラットフォーマーでもある東日本旅客鉄道(JR東日本)のコーポレートコミュニケーション部門にも話を聞きつつ、いろいろ考えてみましょう。


Suicaのペンギン

「Suicaのペンギン」はSuicaのキャラクター“ではなかった”

 Suicaのペンギンの生みの親は、イラストレーターで絵本作家の坂崎千春さんです。SNSでは「SuicaのペンギンがSuicaのために生まれた」という前提で反応している人が多いのですが、実はそこに“勘違い”があります

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 坂崎さんは、絵本作家として1998年からペンギンの絵本をリリースしています。その絵本を見れば分かるのですが、この絵本に出てくるペンギンこそが、Suicaのペンギンの元になっています

 Suicaの商用サービスは2001年に始まりました。その際に、JR東日本が坂崎さんのペンギンをキャンペーンキャラクターとして起用しました。端的にいうと、Suicaのペンギンは“原作”があるキャラクターなのです。

 他の交通系ICカードのマスコット(イメージ)キャラクターは、そのサービスに合わせて作られたものです。それに対して、Suicaのペンギンには原作があるということは、外せない重要なポイントです。


絵本作家としての坂崎さんのデビュー作である「ペンギンゴコロ」。表紙を見れば分かる通り、このペンギンがSuicaのペンギンの“原作”です

Suicaにペンギンが起用された経緯

 Suicaのキャラクターとしてペンギンが起用された経緯ですが、広告代理店の電通がオウンドメディア「電通報」において2回に渡って紹介しています。

 電通報に掲載された座談会には、作者である坂崎さんも参加しています。この座談会では、Suicaのペンギンが“原作”のあるキャラクターであることが明記されています。

 当初は単発想定で(Suicaのローンチキャンペーン用途に)起用し、その後2003年にクレジットカード「ビュー・スイカカード」のキャラクターとして坂崎さんの「V付きのペンギン」を起用したことをきっかけに、JR東日本の意向もあって「Suicaのキャラクター」として使われるようになった――こんな感じです。

 こうして、坂崎さんの絵本に登場する「坂崎さんのペンギン」と、それを“原作”とするJR東日本の「Suicaのペンギン」が“分岐”することになります。


坂崎さんのペンギンがSuicaのキャラクターとして“定着”するきっかけになったのは、2003年に電通が手掛けた「ビュー・スイカカード」のプロモーションでした(出典:電通報

JR東日本だけのものではない「Suicaのペンギン」

 何度も言いますが、「Suicaのペンギン」には「坂崎さんのペンギン」という“原作”があります。当然、原作の権利者は坂崎さんです。

 一方で、「マンガから生まれたアニメや実写ドラマ」「小説から生まれたマンガ」で見られるように、ある原作をもとにした作品では原作者とは“別の”権利者が付くこともあります。Suicaのペンギンの場合、原作者である坂崎さんに加えてJR東日本と電通も権利者として名を連ねています

 ただ、「権利者であれば何でもできるのか?」と言われると、そんなことはありません。原作者以外の権利者が行使できる権利は、権利者の“筆頭”たる原作者との契約次第となります。その契約内容は、我々第三者の知る所ではありませんが、一般的には原作がある以上、原作を“超える”展開は困難です。

 Suicaのペンギンに関する問題は、「厳然たる原作者が存在する」「JR東日本が“単独で”権利を持っているわけではない」という2点を前提に考える必要があります。複数の権利者がいるということは、「作品の展開」「プロモーションの展開」のどちらにとっても“かせ”になる可能性はゼロではありません


「Suicaのペンギン」のキャラクターグッズには、著作権表記として原作者である坂崎さんに加えてJR東日本と電通が名を連ねています(出典:JRE MALL

今回の騒動(?)をJR東日本はどう見ているのか?

 このように、Suicaのペンギンの処遇についてはJR東日本“だけ”で決められるものではありません。しかし、SNSだけでなくTVや新聞などでも大きな話題になってしまっています。

 この現状を“起用者”であるJR東日本はどう思っているのでしょうか。同社のコーポレートコミュニケーション部門に質問してみました(やり取りは、意味が変わらない範囲で体裁を整えています)。


筆者 Suicaのペンギンは、元々坂崎千春さんの絵本のキャラクターだったと認識しています。2001年にSuicaのサービス開始時に、坂崎さんのペンギンが起用された経緯を教えてください。

JR東日本 2001年のSuica誕生にあたり、Suicaの「スイスイ」行けるコンセプトと合致したため起用しました。

筆者 Suicaのペンギンのキャラクターグッズを見ると、著作権表記に坂崎さん、JR東日本、そして電通の3者が記載されています。この3者が共同で権利を保有しているという認識で間違いないでしょうか。

JR東日本 その通りです。

筆者 Suicaのペンギンのキャラクターグッズを展開する際は、上記の3者それぞれに許諾を取る必要があるのでしょうか。

JR東日本 契約に関する事項について、具体的な内容は回答を差し控えさせていただきます。

筆者 坂崎さんは現在もペンギンの絵本や(ペンギンの絵の)個展などを開催しています。この場合、権利表記は坂崎さん単独になっていることが多のですが、「Suicaのペンギン」と「坂崎さんのペンギン」は権利上は“別のもの”なのでしょうか。

JR東日本 契約に関わる内容なので、回答は差し控えさせていただきます。

筆者 「Suicaのペンギン」と「坂崎さんのペンギン」はどのようにすみ分けをしているのでしょうか。一見すると見分けが難しいこともありますが……。

JR東日本 当社の広告宣伝等に起用しているペンギンが「Suicaのペンギン」です。

筆者 Suica Renaissanceの第2弾に伴うキャラクター交代の議論は、いつから始まっていたのでしょうか。

JR東日本 回答は差し控えさせていただきます。

筆者 Suicaのペンギンについて「ムリに交代する必要はない」という意見もあります。Suicaの多機能化に当たってキャラクターの交代はどうしても必要なのでしょうか。

JR東日本 Suicaが「移動のデバイス」から「生活のデバイス」へと新たなフェーズに入ることから、新たなイメージキャラクターへのバトンタッチをすることといたしました。

筆者 Suicaのキャラクター交代は、多くの人にとって唐突すぎたように思えます。キャラクターを代えるにしても、ある程度めどが付いた時点でその候補と共に発表するといった方法は考えなかったのでしょうか。

JR東日本 総合的に勘案し、今回の(タイミングでの)発表に至りました。

筆者 新キャラクターについて、「誕生プロセスにおいて、何らかの形でお客さまに参画していただくことも検討」するとしていますが、SNSでは高輪ゲートウェイ駅の駅名決定プロセスを引き合いに出して「一般募集をしたところでそれを無視するのでは?」との声も複数見かけます(※1)。参画時におけるプロセスの公正性はどのように担保する考えでしょうか。

JR東日本 誕生プロセスについては検討中となります。

筆者 御社の子会社などが展開しているグッズショップ「Pensta」や「Penstaカフェ」については、(キャラクター交代に合わせて)2026年度末までに展開を終了するのでしょうか。

JR東日本 現時点では未定です。

筆者 キャラクター交代について、SNSでは思った以上にネガティブな反応が見受けられます。この点についてどう思っていますか。

JR東日本 「Suicaのペンギン」は、「Suica」の認知度向上・利用促進に多大な貢献をいただきました。お客さまのこれまでのご愛顧に、心より感謝申し上げます。

(※1)高輪ゲートウェイ駅の命名に当たっては、公募したアンケートで多かった「高輪(8398件)」「芝浦(3497件)」「芝浜(3497件)」ではなく、わずか36件だった「高輪ゲートウェイ」と名付けられた経緯がある(参考リンク


 「Suicaのペンギン」から「坂崎さんのペンギン」を知り、各種グッズを買い集めてきた筆者としては、今回の“卒業”発表に一抹のさみしさを覚えたのは確かです。しかし、原作があることからも分かる通り、ペンギン自体がいなくなるわけではありません。その点において、今回の“卒業”は冷静にいろいろ考えるべきではないかと思います。

 サービスのアイコンを自ら“捨てる”という行動に関する批判もあるものの、ずっと変えないことが正義なのかと言われると、必ずしもそうではありません。「変わらず、変わっていく」ことも大切だと考えます。世の中には“永遠”というものはないので。

 今回の騒動で、改めて「ブランドの在り方」の難しさを感じたところです。


ペンギンは“卒業”してもいなくなるわけではないのです――

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