「Snapdragon 8 Elite Gen 5」から見えるQualcommの苦慮 AI時代をけん引する6つのトレンドとは(1/2 ページ)
2025年9月に開催された「Snapdragon Summit」では、将来に向けてQualcommがどの新しい分野に目を向け、現在投資を行っているかの説明により多くの時間が費やされた。製品のネーミングについては苦慮しており、ちぐはぐな印象もある。過剰ともいえるAIへのコミットは、将来的に起こり得るスマートフォンならびにAI利用のスタイルの変化を見越してのものとなる。
Qualcommといえば携帯通信に必須のモデムチップやSoCのSnapdragonシリーズで知られる、モバイル業界で活躍するメーカーだが、以前のレポートでも述べているように、近年の同社はPCからXR関連機器、車載コンピュータ、産業向けのエッジデバイスまで、カバーする範囲が大幅に拡大している。
毎年後半に開催される「Snapdragon Summit」では、そうした同社を巡る最新の取り組みが公開されており、開催初期の頃は冒頭でも触れたように通信やモバイル向けSoCの話題が中心だった。そんな中、10周年を迎えた2025年9月のイベントでは、将来に向けてQualcommがどの新しい分野に目を向け、現在投資を行っているかの説明により多くの時間が費やされた。
本稿では、このSnapdragonとQualcommを取り巻く最新動向について、2026年以降の動きも含めて整理したい。
分かりにくいネーミングから見えるQualcommの苦慮 今後は「Snapdragon 8 Gen 5」も登場へ
Snapdragon Summit 2025では、モバイル向けにフラグシップSoCの「Snapdragon 8 Elite Gen 5」が発表された。性能的には2024年に発表された前世代の「Snapdragon 8 Elite」からの順当進化となっており、第3世代Oryon CPUに約25%の速度向上を果たしたAdreno GPU、INT2とFP8をサポートして推論実効性能がさらに強化されたHexagon NPU、そして20bitと前世代の4倍のダイナミックレンジを持つカメラ処理をつかさどるSpectra ISPと、全体に2〜3割程度の性能向上が図られている。
特徴は、Snapdragon 8 Eliteでは直前のGen 3と同等の18bit ISPだったものが強化されてカメラ性能が向上したこと、そして“スマートフォン”というサイズと消費電力の限られたフォームファクターながらCPUとGPUを強化しつつ、NPUについてはPC向けSoCの「Snapdragon X2 Elite」シリーズと同等の性能を実現している点にある。
詳細は後述するが、これはSnapdragon 8 Elite Gen 5ではオンデバイスAIに力を入れており、今後数年にわたってユーザーが同一デバイスを使い続けることを前提に考えれば、それだけAIに対する要求が今後スマートフォンで高くなることを意味している。また、カメラ性能をさらに引き上げてきたことから、ハイエンドスマートフォンでのコンテンツ生成において映像撮影機能がさらに重要になることも示唆していると考える。
半導体メーカーの特性として、数年先のトレンドをあらかじめ折り込んだ上でSoCを開発する必要があり、Snapdragonにおける機能強化もまた、これを反映した形での強化が行われているというわけだ。
一方で、Qualcommが苦慮していると思われるのが製品ネーミングだ。順当進化とはいえ、最新チップの供給を受けて自社製品に組み込み、最新のハイエンドスマートフォンとして売り出す携帯メーカー各社としては、いかに自社製品が競合と比べて優れているかのアピールにSnapdragon SoCの製品名を使う。こうしたニーズを受けて、Qualcomm側でも毎回さまざまなアイデアが盛り込まれることになる。
2020年12月に「Snadragon 888」が発表されて以降、特に中国方面で縁起のいい数字として知られる「8」を冠したハイエンドSoCのブランドネームとして、2021年には「Snapdragon 8 Gen 1」が登場し、翌2022年に「Snapdragon 8 Gen 2」、2023年には「Snapdragon 8 Gen 3」が発表された。だが翌2024年には「Snapdragon 8 Elite」となり、2025年は「Snapdragon 8 Elite Gen 5」だ。ブランド名が正式発表前に公開されたときは、このちぐはぐなネーミングが話題となったが、米QualcommのCMO(Chief Marketing Officer)であるDon McGuire氏はこの命名規則の背景にある事情についてこう説明している。
McGuire氏 「中国市場で縁起のいい数字として『8』を最上位のプレミアム製品に位置付けたが、後に番号体系が複雑化して使える数字の組み合わせがなくなり、以後は単一の数字(『8』)と世代を組み合わせるシンプルな体系を採用し、顧客(メーカー)からも好評を得ている。だがプレミアム市場は二極化しており、“メインストリーム”の製品にもプレミアムな機能が拡大していく中、差別化と顧客(メーカー)からのフィードバックを踏まえて『Elite』の名称を採用した。今回『Gen 5』としたのは、前世代の『Elite』が第4世代だったことを受けてのものだ」
さらにMcGuire氏は、PC向けSoCである「Snapdragon X2 Elite/Extreme」の命名ルールについても次のようにコメントしている。
McGuire氏 「『Elite』ブランドは全ての分野のSnapdragon製品群で最上位の製品を示す名称として扱っているが、今回Snapdragon X2 Eliteシリーズ投入でさらに高性能な18コア版を出すにあたり、顧客(メーカー)側から12コア版との差別化を図りたいという要望があり、新たに『Extreme』の名称を用意した。他社にあるような『Pro』や『Max』といった混乱を招く可能性のある名称ではなく、あくまで(チップの)周囲に金色の縁取りを行い、表現上のみ『Extreme』と表記するようにしている」
写真は「Snapdragon X2 Extreme」のチップだが、実際に見てみると「Elite」の表記はあるが「Extreme」とは書いていない。イベント会場にはExtremeのチップしかなかったため直接比較できなかったが、「Snapdragon X2 Elite」のチップには金色の縁取りはなく、見た目の違いがExtremeとの区別方法となっている。
とはいえ、スマートフォンなど一定以上の認知と市場を確立している分野はともかく、Intelなどのライバルが長年築いたPC市場を、こうしたマーケティングの口上だけで崩すのは容易ではないことは同氏も認めている。PC市場では先行メーカーがブランディングとセットでバックマージンをPCのOEMメーカーに提供するスタイルが確立されており、Qualcommが真正面からここに切り込むのはビジネス上もあまり好ましくない。そのため、ターゲットをAppleのMacBookのような比較的収益性の高い市場に絞り込み、そこから一定程度のシェアを確保することを目標にする。
ネーミングの話題にもう少しだけ補足すると、同社は「Snapdragon 8 Gen 5」というSoCを、この2025年のイベントで詳細未定ながら発表している。詳細の公表は2025年内に行うとしているが、位置付け的には「Snapdragon 8 Elite Gen 5」の下位モデルとみられる。一部リークなどで出ている情報から推察するに、Eliteよりもピークパフォーマンスを抑えつつも、内部的には同世代のプロセッサコアを搭載して準ハイエンドクラスの性能を持つと考えられる。
これはPC向けの「Snapdragon X」シリーズと似たような状況で、「アピールしたいハイエンド製品は複数あるが、そのうちの片方は“さらに性能が上”という点を強調したい」という、Qualcommとデバイスメーカーの両方の苦労の結晶といえるネーミングルールだ。
米Qualcomm Technologiesモバイル/コンピュート/XR担当グループジェネラルマネージャのAlex Katouzian氏は「Snapdragon 8 Gen 5」が年内に登場することを予告した
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