「Snapdragon 8 Elite Gen 5」から見えるQualcommの苦慮 AI時代をけん引する6つのトレンドとは(2/2 ページ)
2025年9月に開催された「Snapdragon Summit」では、将来に向けてQualcommがどの新しい分野に目を向け、現在投資を行っているかの説明により多くの時間が費やされた。製品のネーミングについては苦慮しており、ちぐはぐな印象もある。過剰ともいえるAIへのコミットは、将来的に起こり得るスマートフォンならびにAI利用のスタイルの変化を見越してのものとなる。
AIの未来を推進する6つの主要トレンド
Snapdragon Summit 2025で語られた2つの大きなテーマは、1つは前項でも解説した「ブランディング」をいかに行っていくかという点と、もう1つは「AIの未来」にいかに投資していくかという視点だ。繰り返しになるが、過剰ともいえるAIへのコミットは、将来的に起こり得るスマートフォンならびにAI利用のスタイルの変化を見越してのものとなる。
先ほども紹介した記事中でも登場している米Qualcomm TechnologiesバイスプレジデントでAI/生成AI担当製品マネジメントのVinesh Sukumar氏は、将来的に複数のAIエージェントが連携して1つのタスク(指令)を実行するとき、ユーザーが許容できるレスポンスを実現するには相応のAI処理性能がスマートフォンやPCなどのデバイスには求められると述べている。
現状、多くのPCやスマートフォン向けに提供されているアプリのAIは単体で処理機能を呼び出しているにすぎないが、今後は特定の機能を実行するAIエージェント同士が協調して、最終的に「メールを介してスケジュールの調整と登録を行う」といった1つのタスクを完了させるようになる。
米Qualcommプレジデント兼CEOのCristiano Amon氏は、こうした同社の動きの中でAIの未来を推進する6つの業界トレンドを挙げている。
1つはユーザーインタフェースの変化で、従来までのコンピュータ側が用意したUIを人間が操作するのではなく、コンピュータ自身が人間の言語や視覚、意図するものを理解し、いわゆるAIが新しいコンピュータとの対話インタフェースになること。2つ目として、UIはエージェント中心のものとなり、スマートフォンを含むあらゆるスマートデバイスはAIエージェントとのやりとりを直接行うようになるため、それぞれのアプリはユーザーのニーズを予測する形でAIエージェントを介して求められるタスクを自動実行するようになる。
3つ目として、こうしたタスクを素早く適切に実行できるようコンピュータ自体のアーキテクチャは変化する必要があり、Snapdragonもまたその方向で進化している……というのがSukumar氏の技術解説の内容になる。いわゆる「エッジAI」と呼ばれる仕組みの実行だが、別に全てのAI推論処理がエッジに落ちてくるわけではなく、クラウドと適時協調して動作するのが望ましい。
エッジAIで重要なのは「軽量性」と「即応性」で、より軽量動作するように最適化された言語モデルをスマートフォンのようなエッジデバイスで高速動作させることで、前述のようなタスクをストレスなく実行できる。最新のHexagon NPUで採用されたINT2やFP8のような仕組みやメモリアクセスの高速化技術を組み合わせ、小さいメモリフットプリントで動作する言語モデルを素早く動作させられるというわけだ。
エッジとクラウドがAI処理で協調動作することの重要性は、米Adobe CEOのShantanu Narayen氏も触れている。同氏はAdobe Premier Proの動作を例に出し、動画のリアルタイム編集においてNPUの活用は不可欠で、例えばSnapdragon X Eliteシリーズを搭載したPCではNPU活用により2倍以上の高速化が可能になると説明する。最終的には従来までユーザーが全て手作業で行っていたような編集作業も、ある程度AIに指示を出すことで自動化できるようになることも想定され、将来的にエッジとクラウドでの処理を組み合わせたハイブリッドAIの世界が到来するとAmon氏とNarayen氏はともに予測する。これが4つ目のトレンドだ。
スマートフォンなどの以前から想定されていたデバイスのみならず、エッジAIの世界は拡大していく。Snapdragon SummitではプロセッサのNPU機能をさらに活用する流れとして、Googleが自身のAIモデルGeminiのオンデバイス版にあたる「Gemini Nano v3」を、Snapdragonに最適化する形でハイブリッドAIとして動作させていくことを表明している。また、会場では2026年にはChrome OSのAndroidベースのプラットフォームへの統合も表明されており、軽量かつ管理性の高さで好評だったChrome OSもまたAndroid上で培われたオンデバイスAIやアプリケーションのエコシステムの恩恵を享受できるようになる。
また先日、QualcommはArduinoの買収を発表している。安価な制御系マイコンボードをオープンソースで提供することで好評を得ているArduinoだが、買収発表に合わせてQualcomm Dragonwing QRB2210を搭載した「Arduino UNO Q」が発表されている。
オンデバイスAIの動作が可能なArduinoで、もともと工作系の分野に詳しい人からは「Arduinoの高級化」「オープンソース文化の世界にクローズドやベンダーロックインの仕組みが持ち込まれないか」という不安の声も聞こえているが、今後エッジデバイスにも広くAIの仕組みが広がっていくことを考えれば、Arduinoを乗っ取るというよりも、Qualcommとしてあらかじめ先鞭(せんべん)を付けておきたかったのだろうと筆者は考える。
5つ目のトレンドとして、このようにAI処理が可能なエッジデバイスの裾野が拡大することで、膨大なデータが生成され、さらなるAIモデルの進化を促すことになる。6つのトレンドの最後は、やはりQualcommらしい「6G」の話題だ。ハイブリッドAIの箇所でも触れたが、エッジとクラウドが協調動作するには接続性が重要になる。Amon氏は「AIネイティブなネットワークとして設計された6Gがそれを担う」と述べるが、Qualcommでは2028年にも仕様の最終版が出される前の“Pre-commercial”な6G製品を市場投入すると述べた。
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