ARMを買収した孫正義の未来予想図――「いつか訪れる“Xデー”の前に」

 「20年以内に約1兆個のチップをこの地球上にばらまく」――孫正義氏が半導体企業ARMを買ったのには、ある未来予想図があった。

 ソフトバンクグループ孫正義社長は7月21日、東京・港区で開催している「SoftBank World 2016」で、先日発表された英ARM Holdingsの買収について語った。買収はいつから考え、なぜ必要だったのか。

ARM買収 サイエンス雑誌の中にあった1枚の写真

 「ARMの買収を発表したのが日本時間7月18日、そのちょうど2週間前に初めて買収の話をトルコの港町のレストランでARM会長に提案した」――孫氏は言う。その時期トルコではテロやクーデターが起きていた。周りの人から心配されながらも、どうしても重要な話だと現地へ向かったという。

 それからわずか2週間後、ソフトバンクグループ最大の買収の発表があった。

ARM買収 孫氏は自動翻訳機を最初に作った人でもある。その翻訳機には合成音声機能も付いていた。特許を取ってシャープに売った資金を元にソフトバンクを創業。1番尊敬しているのは坂本龍馬。会議室には等身大の写真があるという

 全ての始まりは、約40年前、彼が19歳のときだった。あるサイエンス雑誌の中にあった1枚の写真を見て、孫氏は「未来都市の設計図」だと思ったという。大きさは人差し指に乗っかるほど。この小さな破片があの大きなコンピュータなんだと知り、両手両足の指がじーんとしびれた。そして孫氏の目からは涙が溢れてとまらなくなった。「ついに人類は自らの知性を超えるものを生み出してしまった」――孫氏はそのときこう思ったという。

 それからというもの、そのページを切り取り、薄いプラスチックの板に挟んで文字通り抱いて寝ていたという。学校へ行くときはその板をかばんの中に入れて、隙間時間に取り出してはにこーっと笑っていたという。「40年間、その感動と興奮を脳に封印していた」(孫氏)。

なぜ半導体なのか

 孫社長はIoTの未来をこう描く――「来るXデー、高速道路を走っている車のブレーキは一斉に効かなくなり、空を飛んでいる飛行機は全て墜落する。世界中が大事故となり、テロはもっと知的で高度なものとなる」。

 IoT機器がハッキングされると、ある日突然こんなことが起こりうる。これがARMを買収した孫社長の未来予想図だ。このとき最も重要となるのがセキュリティ。全てがインターネットでつながったとき、起こるであろうXデ―をARMであれば防げるという。どういうことか。

 実はARMにはTrustZoneというテクノロジーがある。これは、ハードウェア、サービス、製造に関する細部に配慮したセキュリティシステム。ハードウェアごとに異なる鍵を持っていることが最大の特徴で、インターネットから入れない仕組みになっている。ARMを買収したのは半導体会社だからではない。IoT時代のプラットフォームを提供しているためだ。

ARM買収 ARMは1個目の試作品から省電力を実現。ピンを電力回路につなぎ忘れたのに、漏れた電力で動いてたという偶然の出来事だった。昨年、ARMは148億個出荷。1人あたり年間2個のチップをばらまいている計算になる。約1年半で倍とすると、20回繰り返して100万倍という計算になる

「コンピュータが人間の知能を超える」科学的な理由

 孫氏が「シンギュラリティ」(技術的特異点)という言葉をたびたび人前で口にするようになったのは昨年あたりから。「シンギュラリティとは、コンピュータが人間の知能を超えることで起きると予測されるもので、人間の1万のIQを持つようになると言われている」(孫氏)。その根拠について、孫氏は次のように話す。

 「知性は脳細胞の数に比例している。脳細胞は二進法で、ニューロンがくっついたときに微弱な電流が流れるという仕組み。コンピュータもこれと全く同じで、トランジスタがくっつくか離れるか。つまり、1チップの中にあるトランジスタがいつ人間の脳細胞数を超えるかを計算すると答えが出る。ぼくの計算では、2018年に超えるという結果が出た。コンピュータと囲碁や将棋をするのは、はなから諦めたほうがいい」(孫氏)

 「ARMはソフトバンクグループの中核中の中核になる」――孫社長は言う。ARMの買収を具体的に考え始めたのは10年くらい前のこと。シンギュラリティについての宿題の答えがARMだった。

 「これは、囲碁でいう重要な『飛び石』を表す。すぐそばに石を置くのは分かりやすい。しかし囲碁で勝つためには、必ずしもそこが正しいとは限らない。発表をした直後、今までのソフトバンクとのシナジーが見えないという理由で株が下がった。なぜ今、その一点に打たなければならなかったのか」(孫氏)

ARM買収 孫氏は「IoTでは牛や羊もつながる」とし、「シープドローン」を提案。羊の首輪から発せられる位置情報を元にドローンが追いかけ、犬のように「ワン」と吠えて群れをコントロールする

 ソフトバンクという社名はもともと、「ソフトのバンク」という意味。ソフトとは、ハードに対してのソフトの意味だ。ソフトには知恵と知識の大きく2つがある。知識はアルゴリズム、知識はデータ。この大量のデータを吸い寄せるためにはチップが必要というのが孫社長が進めるIoTだ。「今から20年以内に、約1兆個のチップをこの地球上にばらまく。どれだけこの地球上にばらまけるかが勝負だ。ソフトバンクの超知性は最も賢くなるだろう。300年後、人類の平均寿命は200歳を超えるだろう。この超知性は自然の大災害、不治の病から私たちを守ってくれる。より豊かで、より生産性高く、より楽しい世の中が待っている。破滅させるためではなく、幸せにするために超知性と向き合いたい。1万のIQを持つ彼らは、人類が幸せに生きるためにやってくると思っている」(孫社長)。

 全ては一枚の写真から、この物語は始まった。「やっと憧れのぼくのアイドルに会える!」(孫氏)。

太田智美

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この記事の著者

太田智美
太田智美

小学3年生より国立音楽大学附属小学校に編入し、小・中・高とピアノを専攻。大学では音楽学と音楽教育(教員免許取得)を専攻し卒業する。 その後、慶應義塾大学大学院メディアデザイン研究科に入学。人と人とのコミュニケーションで発生するイベントに対して偶然性の音楽を生成するアルゴリズム「おところりん」を生み出し、「おところりん:ソーシャルネットワークにおける偶然性を用いた音楽生成(Otocororin: a chance music for social network systems) (http://koara.lib.keio.ac.jp/xoonips/modules/xoonips/download.php/KO40001001-00002010-0075.pdf?file_id=44931) 」を修士論文として提出。同研究は、情報処理学会 第12回「Internet and Operation Technology(IOT)」研究会において学生奨励賞を受賞。 同大学院を修了後、2011年にアイティメディア株式会社に入社。営業配属を経て、2012年より@IT統括部に所属し、技術者コミュニティ支援やイベント運営、記事執筆などに携わる。2014年4月から2016年3月までねとらぼ編集部に所属。2016年4月よりITmedia ニュースに配属される。これまでの代表作は「世の中やっぱり金でした 71万円の大金を積んで誰よりも早く『iPhone 6 Plus』の使い勝手を検証してみた (http://nlab.itmedia.co.jp/nl/articles/1409/10/news139.html) 」「スケスケでまるみえじゃないですか! 人によっては透明に見えるドレスを作ってみた (http://nlab.itmedia.co.jp/nl/articles/1502/27/news152.html) 」「あの日、Twitterのくじらが出なかったもう1つの理由 (http://www.atmarkit.co.jp/ait/articles/1401/08/news082.html) 」「ゆとり世代が問う『好きなことをやって何が悪い!』(シリーズ) (http://www.itmedia.co.jp/keywords/yutori_generation.html) 」「はじめてのAI(連載) (http://www.itmedia.co.jp/news/series/5264/) 」など。 Twitter:@tb_bot (https://twitter.com/tb_bot)

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