まつもとあつしの「アニメノミライ」
クールジャパンの失敗は生かされず? 経産省肝いりで始まった後釜施策「IP360」の光と影(2/5 ページ)
異例の5原則 「届ける」から「鍛える」へ
IP360の設計思想は、25年11月の「第8回エンタメ・クリエイティブ産業政策研究会」で示された「エンタメ政策5原則」に集約されている。
すなわち、(1)大規模・長期・戦略的に支援する、(2)日本で創り、世界に届ける取組を支援する、(3)作品の中身に口を出さない、(4)真っすぐ届ける(制度を簡素化する)、(5)挑戦者を優先する、この5つだ。
なかでも異彩を放つのが、3の「作品の中身に口を出さない」だった。行政文書がわざわざこう明記するのは異例で、その裏には公的資金と表現を巡る近年の苦い記憶がある。詳しい経緯はねとらぼに以前書いた記事に譲るが、こうした出来事の積み重ねが、現場に「国の金をもらうと表現に口を出される」という萎縮や反発を残してきた。3はいわば行政側からの応答と読める。
そういった過去の反省に立った5原則は、政策の重心そのものの移動を示している。これまでの主眼が「IPの海外展開」、すなわち作ったものを「届ける」ことにあったのに対し、新戦略は原作供給や制作体制という「足腰を鍛える」方向へかじを切った。背景には、流通の力が制作現場をしのぐ構造への課題意識がある。
アニメを例にとれば分かりやすい。製作委員会方式では、放送局や配信、出版、グッズといった出資者。つまり「カネを出し、作品を売る側」が権利を持ち、制作スタジオは一部の有力スタジオを除き受注の立場に置かれやすい。この関係のもとで、制作原価の上昇のなか制作の利幅は薄くなり、下請けから人気スタジオへの「出世すごろく」の余力も削られていく。こういった状況のなかIP360は掛け声としては、過去のクールジャパンの「単発・小粒・複雑」への明確な反省に立っており、状況を打破する契機ともなりうるものだ。
ただし、これもねとらぼの記事で触れた通り運用次第である。制作を担う事業者ではなく補助金の仕組みに通じた事業者や、権利元ともなっている大手に補助の大半が偏ってしまうと効果は限定的になる。そしてこの制度が動き出した途端、向けられたのは称賛ではなく、まさにこの「誰に届いているのか」という批判だった。
報じられたのは大企業への補助
口火を切ったのは、具体的な社名を伴う報道だった。日本経済新聞は6月26日、経済産業省がDeNAのスマートフォンゲーム開発に15億円を支援すると報じた。これは大規模作品製作支援(補助上限15億円)の枠とちょうど重なる規模だ。読売新聞も6月25日に、政府が15社へ計115億円を補助する方針と伝えており、並んだのは「すでに海外で稼いでいる顔ぶれ」が中心と受け止められた。
そして6月29日、経済産業省はメニュー3「大規模作品製作支援」の第1回採択結果を公表した。90件の申請に対し27件・19者が採択され、ゲームではディー・エヌ・エー、コナミ、スクウェア・エニックス、セガ、コーエーテクモ、アニメではMAPPA、プロダクション・アイジー、アニプレックス、トリガー、実写では東映やTOHOスタジオなどが名を連ねた。「すでに海外で稼ぐ顔ぶれ」が中心という当初の見立ては、裏づけられた格好だ。SNSには「勝ち組への税金のばらまきだ」というアレルギー的な反応が広がる。
これに、当事者の側から声が上がる。スマホゲームを主力とするMIXIの木村弘毅社長は6月27日、Xへの投稿で、補助への反発に異を唱え、約306万表示を集めた。
額はむしろ少なすぎる、というのが趣旨だ。他国がコンテンツに投じる国家予算と比べれば、15億円は誤差のようなもので、外貨を稼ぐには産業を絞った「選択と集中」こそ要る。その問題提起は、補助の是非を超えて、国の関わり方そのものに及んでいる。
額の小ささは、確かにその通りだ。韓国やフランスとの比較で繰り返し指摘されてきた通りで、国がやるなら規模は本来もっと大きくあっていい。ただし、円安や逼迫した財政を思えば、国費を他国のように積み増すことも、現実には難しい。だとすれば、議論すべきは規模よりも仕組みのほうではないだろうか。
仕組みに加えて重要なのは、その金を「どこにまくか」である。IP360はマッチング方式で企業に投資額の半分の自己負担を求め、大規模作品支援には収益納付ルール(製作費の4倍を超える収入が出た場合、超過利益の一部を国に返す仕組み)もあり「ばらまき」ではない。だが、全体を俯瞰したとき、その置き場所は大きく偏っている。
すでに実り、稼いでいる現役のIPには厚い一方、これから芽吹く新しいIPの種と、その種を育てる土壌、すなわち文化の蓄積であるアーカイブには、極端に薄い。その不均衡だ。メニュー3の補助上限額が「過去上位作品の売上」をもとに算出されることは、その象徴である。すでに稼いだ実績こそが、次の資金を呼ぶ。制度の設計思想が、そう物語っている。
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