Pentium & Pentium Proに見るCPUの品格:矢野渉の「金属魂」Vol.8
PC USERのカメラマンとして活躍している矢野渉氏が、被写体への愛を120%語り尽くす連載「金属魂」。第8回はインテル製CPUの思い出だ。
7000万円する1個のCPUを10トントラックで納品する訳
今から30年近い昔(1980年代の初め)、山梨のベンチャー企業を取材したときにこんな話を聞いた。
そこは、主にカスタムCPUの設計・製造を受注し、生産している工場だった。1番高い製品は7000万円ぐらいの値段になるという。CPU1個がなぜそんなに高価になるかというと、量産しないことと、製造後の歩留まりの悪さだ。それこそ何十回と同じものを作って、やっと発注の基準をクリアできるものが仕上がるのだそうだ。
しかし、できあがったものは、たった数センチ角のCPU1個である。アルミトランクにでも入れて営業マンが納品すればそれで済む。
「でもね」、と広報担当者は続けた。「現場がそれを許さないんですよ。何十人がかりで徹夜もいとわずに作り上げたものが、そんな扱いをされるのは我慢できないという訳です。皆で話し合った結果、CPUを桐の箱に入れ、10トントラックの荷台の真ん中に固定して納品先まで運ぶことにしました。もちろん、トラックが出発するときは社員全員で見送っています」。
経費はかかるけれど、この「儀式」がなければ現場の士気は落ちてしまうのだろう。やはり人間は目に見える形で成果がほしいのだ。
このことは製品の買い手側にもいえるだろう。営業マンがトランクから取り出した小さなチップが7千万円ですといわれても、感覚としてにわかに納得し難い。そこは10トントラックが横付けされ、荷台の観音扉がゆっくリと開かれ、奥から白衣のエンジニア2人に恭しくささげ持たれた桐の箱、「これが7千万円の中央演算処理装置でございます!」という演出のほうがしっくりくるのが普通の感覚というものだ。
金色エンブレムに癒される魂もある
CPUはPCに欠かせないものだ。ピンからキリまであるとはいえ、PCパーツの中では高価な部類に入る。だから、それなりの風格というものがあっていい。ところが、実際に使うときはその発熱ゆえに必ずCPUクーラーが上に乗り、本体が見えなくなる。しかもだいたいはシリコングリスを塗られて、非常に汚らしい風情になってしまうのだ。そのためか、CPUの外観デザインは特に考えられている様子もなく、ひたすら地味なものが普通だ。
しかし、Windowsが話題になり始めたころのCPUは、そのあたりを気にする余裕があった。画期的に動作クロックがあがったPentiumシリーズは上の写真のように、金色に輝くヒートスプレッダ(金属プレート)がはめ込まれていた。
値段の張るPentium Proはさらに大きな、まさに威風堂々とした姿だった。その横長の金のプレートを眺めていると、ああ、この部分に2次キャッシュが入っているんだな、と理解できたし、その存在のパワフルさに圧倒されたものだ。この、分厚いプレートが付いたPentium Proは、80グラムの重量を誇る。左側の、値段の安さで売っていたAMD K6のみすぼらしい金属板と比べれば、その豪奢(ごうしゃ)なたたずまいが際立つだろう。
僕は当時、このPentium Proをデュアルで積んだ恵安のサーバ用マザーボード(SCSIコントローラーがオンボードで乗っている)を薄暗いスタジオで撮影しながら、あまりの存在感にうなったことがある。それほどまでにCPUは押し出しの強い、カッコいいものだった。
しかし、インテルはあっけなくPentiumの金属プレートをやめてしまう。おそらくコストダウンのためだろうが、出始めは「夢のCPU、ペンティアム」だったものが路傍のものになったようで物悲しかった。
その後、CPUはコア部分がむき出しの悲惨な形になったり、サイズが小さくなったりしている。金属部分があっても、ただののっぺらぼうだ。この写真のように大々的に名前を書いていたりはしない。
人間は、理性だけでは動かない。感情に左右される部分も大きい。CPUは、処理能力が高ければそれだけで評価されるのか? フラッグシップといわれるものには、それなりのカタチとデザインを与えてほしい。たったそれだけのことで、癒される魂もあるのだ。
その時期、その時期の最高の処理能力を持つCPUには、この金色のエンブレムを復活させるべきだ。数量限定の記念モデルでよいと思う。もしそういう粋な計らいをしてくれるメーカーがあったら、僕はその会社を信じてずっと後をついていこうと思う。
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