「お客様の声から生まれた製品」が世界を変えられない理由:牧ノブユキの「ワークアラウンド」(2/2 ページ)
「お客様の声から生まれた製品」といったフレーズはよく耳にするが、後世に名を残すような大ヒットの電気製品となると、なかなか思いつかないのではないだろうか。
ユーザーの声による「ちゃぶ台返し」は避けたい開発サイド
ではなぜ、シェアの向上にはほとんど効果が期待できない「現状のユーザーの声」を聞いただけで済ませようとするのだろうか。理由はいくつもあるが、もし製品の小改良どころではなく、方向性そのものに修正が必要という結果が出れば、担当者の責任問題に発展しかねないというのが、最大の理由だ。
製品を購入済みのユーザーであれば、購入した段階で大枠のコンセプトは肯定してくれていると考えられるため、その意見も穏便な内容にとどまる可能性が高い。結果として、製品のコンセプトそのものが否定されて担当者の立場がなくなるという「大事故」は防げる。「ユーザーの声を取り入れた」といううたい文句はほしいが、かといってちゃぶ台返しは困るという、サラリーマン的な事情が背景にあるわけだ。
また、開発サイドに「そもそもユーザーの意見など聞いても仕方がない」「自分たちも気づいているが、コストの関係で実装できない問題を蒸し返されるのは困る」といった、アレルギーが存在することも否定できない。
開発サイドは常日頃から、ネットなどでの評判に加えて、偶然耳にしたユーザーの意見を宝物のように報告してくる営業マンやサポート部門、さらに役職に物を言わせて製品の仕様に的外れな指摘を繰り返す社長や取締役などの上層部に、ただでさえイライラさせられている。それに加えてさらにユーザーから生の意見を収集するなど、余計なお世話以外の何者でもないわけだ。
そもそも開発サイドとて、1人のユーザーである。開発サイドと使い手の年齢的、性別的な属性がまったくかけ離れていたり、視野の狭さを気づかせてくれたりといったケースを抜きにすれば、ユーザーが気づくレベルの大抵の問題点は開発サイドが自らそれに気づいている。対応の優先順位をつけるために統計目的でヒアリングをかけるならまだしも、問題点を列挙するだけであれば、わざわざアンケートやグループインタビューなどは行わなくていい、という意見は根強い。
ちなみに、ユーザーと非ユーザー両方の声を聞けば大丈夫かというと、それもまた少し違う。というのも、前出の20%と80%を足した100%のさらにその外側には、該当ジャンルにいまだ触れたことのない潜在ユーザーが、その何倍もいると考えられるからだ。
こうした潜在ユーザーの声はグループインタビューや大規模アンケートなどを使えば回収できるが、実際に行われることはほぼない。そこにはコストの問題や、前出のような事故を防ぎたいという思惑に加えて、「製品のよさは使ってもらえば分かる」「むしろユーザーの側が製品に合わせるべき」といった奢り(おごり)があることは否めない。
「ユーザー」が誰を指しているかでメーカーの体質が分かる
以上のように、「ユーザーの声を聞いて作った製品」というのは、よほどの場合を除けばキャッチコピー程度の意味合いしか持っておらず、ユーザーや非ユーザー、さらに潜在ユーザーの声すべてを聞いて製品に反映されるケースは、ほぼ皆無である。
そもそも市場シェアが50%を超える製品というのはまれであり、自社製品のユーザーだけに意見を聞くことがおかしいことは少し考えれば分かるはずだが、社内で合議制にすると、意外にすんなりと受け入れられてしまうのが現状だ。
それゆえ、もし「ユーザーの声を取り入れて作った製品」なるフレーズないしはキャッチコピーを見かけたら、具体的にユーザーというのが誰を指すのか、読み解く癖をつけておくことをおすすめする。
実際にはメーカー側も「ユーザーの声」に上記のような違いがあることをまったく意識せず、自分の入社前から行われてきたヒアリングのフローを単になぞっているだけという場合も少なくないのだが、裏を返せばそれを自ら是正できない企業であるという証明にもなっているわけで、メーカーの体質を知るリトマス紙としても活用できるだろう。
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