ムンバイのスラムにITはあるのか:山谷剛史の「アジアン・アイティー」(2/2 ページ)
インドの代表的な商業都市のムンバイは、ビジネスマンと、地方から集まってきた期間工が隣接する。それぞれの世界で“IT”は存在するのか探ってみた。
中流でもデジタルガジェットを楽しむ余裕はない
ムンバイの中流層が住むエリアは、「こ、こ、ここ、インドですか?」と驚くほどに閑静で、そのたたずまいは中国の中流層の住宅地によく似ている。中層高層のマンションが並び、その1階には薬局や銀行や小さなスーパーマーケットなどがテナントに入る。英語で学ぶ幼稚園もある。
印刷やコピーなどを行うビジネスセンターもあれば、スラムになかったネットカフェも中流層が住むエリアには点在する。しかし、中流層が相手の携帯電話ショップで扱っているのは、依然としてフィーチャーフォンがメインだ。
インドでFacebookを通じて知りあった、PCが趣味という個人の自宅を何軒か訪問する機会を得ることができた。ムンバイの典型的な個人住居は、「日本の団地サイズの居間、20型テレビ、ソファー」がそろう実用的な住まいだった。「中国では家族全員が居間に集まってテレビを観る習慣があるけど、インドではどうなの?」と聞けば「家族のそれぞれで(見る番組の)趣味が違うから」と口をそろえる。ベッドルームには、液晶テレビを置き、大学生の子どもがいる家庭では、ADSLモデムと有線で接続した古いノートPCを使っていた。インドでは、家族のだんらんより個人で楽しむ傾向が強い。
ある家庭では、ADSLモデムを有線でつないだタワー型PCを個人で利用するおじさんが、歓迎代わりに「突然公衆の場で皆が一斉に踊り出す動画」で知られている「Flash Mob Mumbai」をYouTubeで再生してくれた。インド人は、(自分が踊れなくても)ダンスが好きだ。ムンバイで訪れた家庭では、PCでゲームを遊ぶユーザーに会わなかったが、FacebookやYouTubeはどの家庭でも利用している。そのため、動画をスムーズに再生できるハードウェアスペックとネットワークの回線速度はPC導入における最低条件という。
訪れた家々は、それぞれ所得が異なっている。銀行に勤めるおじさんは、「親が家を買っていたから家に関してはそこに住めばいいので問題はないけれど、両親を養うのは大変だ。まともな病院に行くならお金がかかる。私でも生活に余裕はないよ」という彼は、ウォーターサーバーの巨大ボトルを指して「私ぐらいの収入があって、ようやくまともな水が飲める」と語った。
インドの中流層は自炊が基本で、外食といっても1回100円(60ルピー)程度のチキンカレーや、駅の立ち食い食堂で買える20円のパンとカレーが精一杯だ。贅沢をして300円する高級店のカレーを食べに行くのは月に1度行く程度という。日本から来たゲストを300円カレー屋に連れて行っても、紹介した当人は愛妻弁当を取り出す。
ムンバイの中流層は、収入のレベルにかかわらず、女性は家にいて、経済活動には関係しない(もっと分かりやすくいうと、“お金”に関係しない)慈善事業をしている。インドの中流層といっても、デジタルガジェットを買いそろえて楽しんでいる余裕はない。
インドの大都市には、クーラーの効いたショッピングセンターが点在し、特に夜ともなれば人が集まる。ムンバイは、特にショッピングセンターが多く、ショッピングセンター内に「Croma」や「e-zone」といった家電量販店が点在し、ここでは液晶テレビが売られている。家電量販店というよりショールームのような高級な雰囲気で、デジタル家電、AV家電、白物家電などが並ぶ。そこで、家の大黒柱たるおじさんたちは、26型で2万3900ルピー(約4万5000円)もするSonyのBraviaや32型以下の液晶テレビを物色する一方、若きエリートのインド人グループは、20万ルピー(約38万円)を超える47型、55型のステレオ立体視テレビを品定めする。
PCショップでは、タワー型のショップブランドPCもPCパーツもほとんど売られていない。その代わりに、AcerやHewlett-Packardをはじめとした多数の大手メーカー製ノートPCと液晶一体型PCが主流で、タブレットPCがわずかに売られている。店頭に並んでいたのは、HP、Lenovo、Acer、SonyのCore i3クラスのCPU搭載モデルで、実売価格は3万ルピー前後(約5万7000円)が多い。テレビなら、ハイスペックでハイプライスな製品も売れるが、PCとなると、ハイスペックすぎる製品は扱っていないという、ムンバイのPC事情だった。
追伸:結局、1万台を販売したというAakashを見かけることはなかった。
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