ArmがQualcommに「アーキテクチャライセンス」の契約解除を予告 スマホやPCに及ぼす影響は? 両社の見解は?
Armが、Qualcommに対して「アーキテクチャライセンス」の解除を予告した。交渉がまとまらない場合、約2カ月後にQualcommはArmアーキテクチャに基づく製品を開発/製造できなくなるが、そうなると何が起こるのか? 両社の見解(ステートメント)と合わせてお伝えする。
米Bloombergが10月22日(米国時間)、ArmがQualcommに対する「アーキテクチャライセンス」を取り消す通知を行ったという旨を報道した。
- →Arm to Scrap Qualcomm Chip Design License in Feud Escalation(Bloomberg)
- →アーム、クアルコム半導体設計ライセンス取り消しへ−対立激化(Bloomberg Japan)
この報道で伝えられたことは、スマートフォンやPCにどのような影響を及ぼすのだろうか。Arm、Qualcomm両社のコメントと共にお伝えする。
「アーキテクチャライセンス」はArmのビジネスモデル
Armは、スマートフォン/タブレットやPC、組み込み機器で使われるCPUやGPUの“アーキテクチャ”の設計をなりわいとしている。
「それならIntelやAMD、NVIDIAと同じでは?」と思う人もいるかもしれないが、これらの企業は、自ら設計したCPU/GPUを自社で販売している。それに対して、Armは自らCPU/GPUを販売していない。「ならどうやって生計を立てているの?」という点だが、アーキテクチャをもっぱら他社にライセンス(利用許諾)することで生計を立ている。
AppleやMediaTekなど、同社のライセンス供与先は多岐に渡る。QualcommもArmとライセンス契約を締結し、その上で同社のSoC(System on a Chip)に搭載するCPUコアの設計を行ってきた。
ArmはなぜQualcommへのライセンスを取り消すのか?
Qualcommは、各種無線通信チップやスマホ/タブレット向けのSoCを設計/販売するメーカーだ。現行のスマホ/タブレット向けのSoC「Snapdragonシリーズ」や、PC向けSoC「Snapdragon Xシリーズ」のCPUコアは、Armアーキテクチャベースとなっている……のだが、そのCPUコアこそが今回の問題の“核”となっている。
Qualcommは2021年1月、同社の子会社であるQualcomm Technologiesを通して米国のベンチャー企業「Nuvia」を買収した。NuviaはArmアーキテクチャベースのCPUの設計/開発を手がけており、それをSnapdragonブランドのSoCに統合することが狙いだった。
- →Qualcomm to Acquire Nuvia(Qualcomm)
この買収の成果が結実したのが、2023年10月に発表されたPC向けにSoC「Snapdragon X Elite」で初採用されたCPUコア「Oryon」だ。OryonはNuviaが開発を進めてきたCPUコアがベースとなっており、先般発表されたスマートフォン向け新型SoC「Snapdragon 8 Elite」にも採用されることが決まっている。
少し時間を戻すが、Qualcomm TechnologiesがNuviaを買収した際に、ArmはQualcommにライセンス契約の見直しを要求した。買収先の製品(CPUコア)をQualcommが生産する場合、「契約上の要件を満たす必要がある」と考えたためだ。しかし、Qualcommは「既存の契約に基づいて開発や販売は可能」との立場で、交渉は平行線をたどった。
ArmとQualcommの交渉はうまく行かず、ArmはNuviaへのライセンス契約は2022年3月をもって打ち切った。しかし、Nuviaへのライセンス契約が終了した後も、QualcommはNuviaのCPUコア(≒Oryon)の開発を“継続”したため、2022年8月31日(イギリス夏時間)にQualcomm、Qualcomm Technologies、Nuviaと他1社を米デラウェア州連邦地方裁判所に提訴した。これに対して、Qualcommも2024年4月にArmに“反訴”をしている。
- →Arm Files Lawsuit Against Qualcomm and Nuvia for Breach of License Agreements and Trademark Infringement
- →Arm、ライセンス契約違反および商標権侵害に関してQualcomm社とNuvia社を提訴
今回、ArmがQualcommに対してライセンス契約の解除を通告したのは、ライセンス違反状態の是正を求めるためだと思われる。実際の契約解除は通告から60日後となる。
Armは2022年8月にQualcommなど4社に対して米国で訴訟を提起していた。QualcommがNuviaが設計したCPUコアを使うことに当たり、Armは「ライセンス契約の交渉(≒変更)が必要」という立場だが、Qualcommは「既存の契約は、買収後も引き継がれる」との考えなので、平行線もいいところである
今後はどうなる?
先述の通り、ライセンス契約の解除は通告から60日後となる。その間にArmとQualcommの間で交渉がまとまれば、契約解除は回避できるだろう。
万が一、交渉がまとまらなかった場合、QualcommはArmアーキテクチャベースのCPUコアを搭載するSoCを開発/販売できなくなる可能性がある。SnapdragonブランドのSoCはスマホ/タブレットはもちろん、最近は「Copilot+ PC」準拠のノートPCでも広く使われているため、影響は決して小さくない。
日本マイクロソフトの「Surface Pro(第11世代)」は、Snapdragon X Eliteを搭載している。Snapdragon X Eliteは今回もめている原因のCPUコアを搭載しているので、交渉が決裂すると今後の販売に影響が出る可能性が大きい
両社の見解
今回Armが取った措置について、同社およびQualcommは以下の見解(ステートメント)を寄せた(日本語訳は著者が実施)。
Armのステートメント
オリジナル Following Qualcomm's repeated material breaches of Arm's license agreement, Arm is left with no choice but to take formal action requiring Qualcomm to remedy its breach or face termination of the agreement. This is necessary to protect the unparalleled ecosystem that Arm and its highly valued partners have built over more than 30 years. Arm is fully prepared for the trial in December and remains confident that the Court will find in Arm's favor.
日本語訳 Qualcommによるライセンス契約への繰り返しの重大な違反によって、ArmはQualcommに対し「契約の是正」を要求する正式な手続きを取らざるを得なくなりました。さもなくば、契約は終了することになります。これはArmと貴重なパートナーが30年以上に渡り築いてきた比類なきエコシステムを守るために必要なことです。Armは12月の(Qualcommとの)裁判に万全の準備を行っており、裁判所はArmに有利な判断を下すと考えています。
Qualcommのステートメント
オリジナル This is more of the same from ARM ― more unfounded threats designed to strongarm a longtime partner, interfere with our performance-leading CPUs, and increase royalty rates regardless of the broad rights under our architecture license. With a trial fast approaching in December, Arm's desperate ploy appears to be an attempt to disrupt the legal process, and its claim for termination is completely baseless. We are confident that Qualcomm's rights under its agreement with Arm will be affirmed. Arm's anticompetitive conduct will not be tolerated.
日本語訳 これはArmによる同じことの繰り返しです――長年のパートナーを揺さぶるために事実に基づかない脅しを行い、私たちのパフォーマンスをけん引するCPUを妨害し、そして私たちのアーキテクチャライセンスに基づく広範な権利を考慮せずに、ロイヤリティーのレートを引き上げようとしています。12月に迫った裁判を前に、Armが繰り出す必死の策略は、法的プロセスを妨害する目的のように思え、契約解除の主張も全く根拠がありません。私たちQualcommは、自社がArmと締結した契約に基づく権利が認められると確信しています。Armの反競争的な行為は許されてはなりません。
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